デジタルネイティブ世代への遺言。言論に言論以外のもので立ち向かった者たちを、ネット以後の常識で裁かないで欲しい。

 「現代の価値観で過去を裁くな」という主張の多くは、「新憲法制定」とか「ソ連崩壊」等の政治的な動向で裁けない過去と裁ける現代との間に一線を引く事が多いが、本稿では時代をネット以前とネット以後という技術的な観点から分けている。

 おそらくデジタルネイティブ世代の多くは、本当の意味で「強者の言論」というものを体験した事がないだろう。ネットを漁ると、数百万部発行の新聞に姿勢の一般人が気軽に反論を書いており、新聞の権威は地に堕ちている。

 この常識を過去に適用すれば、言論に暴力で立ち向かった者たちは、ただの卑怯者にしか見えないだろう。そして「朝日新聞に言論で立ち向かうネトウヨたちは、暴力で立ち向かった赤報隊よりも、人として数万倍から数兆倍ぐらい偉い!」とか思ってしまうことだろう。

 しかし新憲法が出来てからネットが普及するまでの間は、「言論には言論で」というのは一般人にとってはただの建前であり、強者の語る嘘には事実上抵抗が出来なかったのである。

 勿論当時とて、「だから弱者は言論に暴力で立ち向かうことを合法化しよう」とか「共産党の主張するアクセス権を認めよう」とかいう意見はついに世の多数派にならなかったので、やはり言論に暴力や無理筋の訴訟で立ち向かった連中は「悪人」ではある。

 しかしネット以後の時代に同じことをするような「極悪人」と同一視するのは、やはり非現実的な評価であるといえよう。

 そして今、ネットで粋がっている者の中には、もしも50年早く生まれていたら赤報隊新左翼の平均的なメンバー以上の悪事をした者が大量にいるだろうと、私は見ている。

『牙狼〈GARO〉-月虹ノ旅人-』

 『牙狼』シリーズの映画を観た後はすぐに感想を発表するとともに、約一ヶ月ほど「ネタバレ注意」と題名に掲載するのが常であった。しかし、ここ約一ヶ月ほど非常に忙しくて記事を書けず、やっとこうして執筆にこぎつけた次第なので、「ネタバレ注意」とつける必要は初めからないと判断した。

 さて、最新作『牙狼〈GARO〉-月虹ノ旅人-』であるが、敵味方ともに活躍したメンバーを見るに、これは無印のそのまた回想シーンからの冴島家の物語の集大成という雰囲気であった。

 懐かしさも相まって、最初から最後までまったく飽きずに楽しめた。

 テレビ版で冴島鋼牙が妻を奪還するため幼子を残して異世界へと旅立った件については、視聴者の一部には批判的な立場を持つ者もいた。今回の作品は、この件の弁明としての意味もあった。

 第一に、「被害者」である冴島雷牙本人に父をまったく恨んでいないと語らせていた。

 第二に、冴島雷牙もまた似たようなことを咄嗟にするのである。目の前で恋人がさらわれそうになり、危険だが急げば何とかなるかもしれないという状況下では、勇気のある者は自然に走ってしまうものだ、ということを視聴者に理解させるためのアナロジーであったと思われる。

 第三に、長旅になったのは実は未来の雷牙をも救うためだったという展開を、ガジャリを使うことで無理なく描いていたのである。

 以上の構成は見事であり、しかもわざとらしさがなかった。

 DVD化を強く期待したい。

【緊急執筆】 田代まさし氏逮捕で「嗚呼またか!」と嘆息する民を見て「嗚呼またか!」と嘆息した。

 他に書く予定の記事があり、かつ忙しいのでブログをさぼっていたが、どうしても早めに言っておこうと思う事件が起きたので、大急ぎで書く。

 最近元タレントの田代まさし氏が薬物所持で逮捕された。

 これについて、もう氏を犯罪者と決めつけて「嗚呼またか」と嘆息している者が実に多い。

 一体この国の民は、いつになったら推定無罪の原則を覚えるのであろうか。

 私は彼らの狂騒を見ては、「嗚呼またか」と嘆息し続けている。

芯の無い扇動屋を苦しめる過去の己の言動

 以前、幸福の科学のアンチとシンパの多種多様なブログを集中的に読みふけったことがあった。

 本来の目的は幸福実現党の監視のための基礎知識の収集であったが、副産物として扇動屋というものについてそれなりに面白い知見を得ることができた。

 芯がある人は幸福の科学に対して本人なりの是々非々の態度を採り、またそれが故に有力幹部に個性というものの存在を認めていた。一方カルト化した扇動屋は幸福の科学のやる事なす事すべてへの評価が毎回同じような雰囲気であった。そういう扇動ブログはシンパに多かったが、アンチにも多少いた。

 しばらく監視を続けていたら、元ナンバー2の大川きょう子氏が教団から追放された。

 この後、それまできょう子氏を褒め続けたり貶し続けたりしていた者たちのブログが、書き手の意図とは別の意味で非常に面白かった。

 一番頭の悪い連中は、それまでと逆の事を書いて恥じ入る事をしなかった。

 多少知能のある連中は、自分が過去に一生懸命書いた記事をまた一生懸命消してから、それまでと逆の事を書き始めた。

 限りなく一般人に近い理性のある連中は、過去記事と整合性をとるため新しい事態への見解の表明を不自然に控えて、過疎化していった。

 大川宏洋氏(後の宏洋氏)が離反した際も、似たような悲喜劇が起きた。

 その点、私の様に教団にも二氏にも元から是々非々の評価を下し続けてきた者たちは、天衣無縫の自由の境地であった。

 結論ありきで生きていると、結論を元に己の規範や理論といったアイデンティティを作ることになるから、結論が強制的に変えられた時に逆算式にアイデンティティクライシスに陥るのである。

 そういう芯の無い者は、過去との整合性を要求されるブログを書くのには向いていないから、匿名掲示板で「幸福の科学は良い(悪い)」と毎日百回書いているほうが幸福であろう。

 なお、当然ながらこうした扇動ブロガーの起こす悲喜劇は、幸福の科学問題のみならず、カルト化しやすい話題の傍にいつもころがっている。

 他で一番面白かった例としては、「セウォル号沈没をめぐる朴槿恵vs加藤達也」である。この件で先走って色々余計な事まで断言調で語りすぎたカルト親韓・カルト嫌韓のブログは、セウォル号沈没時の朴槿恵を批判する勢力が韓国の主流派になったという事態に上手に適応出来なかったのである。

2018年の世界の民主主義指数ランキングを眺めて考えたこと

1.はじめに

 有名なエコノミスト・インテリジェンス・ユニットによる2018年の世界の民主主義指数ランキングを眺めた。

 前にも少し書いたことだが*1、私はこうした世界規模の取材力と広範な支持に裏打ちされた権威あるランキングを原則として概ね信じる事にしている。だから本稿もそれを前提に書いた。

 エコノミスト・インテリジェンス・ユニットを上回る見識を持っていると自負される方は、どうぞ御勝手にユニットごと私を馬鹿にして欲しい。

2.日本の手本について

 毎年の事だが、やはり北欧諸国の評価が高い。北欧を手本にするのが理想であろう。

 とはいえ、言語的な障壁があるのは否めない。

 たまたまノルウェー語ができる指導者の言いなりになるというのでは、民主主義運動として邪道であり、それがまた新たな非民主要素の火種になりかねない。

 そうなると英語圏で健闘している、4位のニュージーランド、6位のカナダ、9位のオーストラリアあたりを手本にするのが現実的ということになる。

3.外道な韓国マニアの弊害

 韓国マニアの中には、親韓・嫌韓に狂ってしまった人たちがいる。

 日本と比較した場合の韓国の良さや悪さを宣伝する場合、通常の親韓派・嫌韓派は「過去に起きた原発事故の被害の総計」とか「ノーベル賞の累計数」といった本当に大差のある話題を使うものだが、外道になると本当は大差の無いものまで大差があるかのように大げさな宣伝をし始める。

 その一例が、「日韓どちらかの民主主義が遥かに相手より優れている」という宣伝工作である。*2

 そういう意見に流されがちな人は、是非このランキングにおける日韓の順位を眺めて落ち着いて欲しい。日本は22位、韓国は21位である。

4.もっと酷い、アメリカ崇拝

 とはいえ、「韓国から民主主義を学ぼう」という連中*3も、老人に多い「民主主義といったらアメリカ!」論者よりはマシのようである。

 今回アメリカは日本にすら劣る25位であった。

5.「中国は悪い手本」はもう古い

 民主主義を語る際に、逆に悪い例としてしばしば日本で出されるのが北朝鮮と中国である。

 この内、北朝鮮については確かに最下位の167位である。

 しかし中国は130位であり、139位のベトナムや144位のロシアより民主的である。

 よって悪い例を二例挙げる場合、本当に公正にするなら「北朝鮮とシリア(166位)」となる。日本人に解りやすいように日本の近隣諸国限定で二例挙げる場合も「北朝鮮とロシア」が正しい事になる。

全世界公開師弟対決 令和元年版

 今年も師匠とのバックギャモンでの熱い対決の日がやってきました。

 今年は師匠に時間があまりなかったため、五点先取の戦いを一回だけやることにしました。

我 対 師

1 - 0

1 - 2

1 - 4

1 - 5

 はい、今年も敗北。緒戦で優勢に立った奢りが敗因でした。

個人の録音・録画が集団偽証による泣き寝入りを減らせば、宗教へのニーズも変わっていくだろう。

 新潟のアイドルグループ「NGT48」で起きた事件に関する録音が流出し、「誰がどの程度嘘を点き、どの程度悪いのか」についての世間の評価が一変したらしい。

 最近しばしば、警察や社会運動組織について「暴力を振るわなかった」だのと関係者が散々弁解した後で動画や音声が流出して評価が一変した事件を見聞きしてきたが、アイドルグループ内でもこうした自己防衛が始まっているというのは初耳であったので、やや感慨深くなった。

 警察にせよ社会運動にせよアイドルグループにせよ、アンチや「時に苦言も呈するファン」は大勢いるだろうから、個々の事件についてはここでは深く語らない。

 私が本日この情報を聞いて思ったことは、「「地獄」の需要が低下する」ということであった。

 警察や社会運動とは異なり、日々暴力や謀略と隣り合わせというわけではないアイドルグループ内の事件にまで録音が集団偽証を覆すという傾向が浸透してきたのであれば、次はもう一般人が日常的に小型録音機とともに暮らすのが常識になるであろう。すでに一般人の間でも事件・事故と隣り合わせの自動車がらみでは「ドラレコ」が流行しているのであるから、精神的な敷居はもう無いに等しい。

 そうなると「集団偽証のせいで泣き寝入りをした」というケースは劇的に減っていくであろう。

 当然次に起きるのは、「真相を知る神による死後の裁き」への期待感の低下である。

 だから「地獄」に重きを置き続ける宗教は徐々に衰退するであろうし、この情勢に対応して力の配分を変えた宗教は存続しやすくなるであろう。

関連記事→https://gureneko.hatenadiary.org/entry/20090721/1248104379

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カウンターと暴力の病理

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