牙狼外伝 桃幻の笛

 「牙狼が好きな人の最大公約数の作品にはならない」という怖ろしい宣言の下で『蒼哭ノ魔竜』は製作された。そして公開されてみると、実際そこに人気の準レギュラーである邪美・烈花・シグトの姿が無かった。
 しかし有り難い事に、「牙狼が好きな人の最大公約数」への配慮そのものが消えたのではなかった。邪美・烈花・シグトが大活躍するスピンオフ作品がこうして別個に作られたのである。そこには一部のファンから再登場が長年渇望されていた山刀鈴の姿すらあった。
 今回一番驚かされた事は、「北の元老院」という単語が登場した事である。今まで「元老院」と言えば四方の管轄の上位に一つだけ存在する統括機関という印象があったのだが、地方元老院の様なものも存在する事がこれで判明した。
 当初は日本の元老院と対等な異国の元老院という仮説も拭えなかったが、北の元老院付きの隠密を名乗った人物が「桃幻の笛」をめぐって戦った森が、シグトの担当地区と閑岱との間にあった事が判明したので、この仮説は棄却された。
 ゲストキャラクターの二人の魔戒法師「阿妓」・「麻妓」は、キャラクター画像が公開された頃からどちらか一方が悪であると、私は推測し続けていた。そして話が始まった後もそんな気がし続けていたし、脚本もそう匂わせた上でどちらが悪かは判り難いという雰囲気を醸し出してきた。だがこれは意外にも間違いだった。私は上手く手玉に取られたという訳だ。
 敵が生命力を回復しに行っている間に自分達も味方を回復させるとか、かつての敵の本拠地を乗っ取って結界を張るとか、短い時間と狭い地域の中で少ない登場人物が、多彩な物語を繰り広げていた。脚本にはこういう点でも感動させられた。
 女性陣の衣装やラスボスの造形には、毎度ながら感動させられた。
 残念だった点が三つある。
 第一は、やたら仰々しい設定だったラスボス「翡刈」が、優秀とはいえたった二人の魔戒法師に瞬殺されてしまった事である。ただし翡刈には生贄が優秀だとそれだけ強い力で復活するという設定が匂わされており、そして復活計画の遂行者が欲をかいて最強の女性魔戒法師を狙ったせいで却って大して強くない生贄を使わざるを得なくなったという経緯もあったので、これはまあ何とか我慢出来た。「全力を出せていれば本当はもっと強かった」と脳内補完すれば良いのであるから。
 第二は、烈花の精神内での出来事とはいえ、魔戒騎士のケンギが活躍し過ぎていた事である。折角魔戒騎士やその他の男性がほとんど出て来ない作品なのであるから、普段の牙狼<GARO>世界のジェンダールールを完全に逆転させた「女性魔戒法師こそが主役、男は騎士も含め所詮サポート役」という世界を一度はやってみても良かったのではあるまいか?
 第三は、翡刈の復活を目指した魔戒法師の動機が「死にたくないから」というものであったという点である。現実世界には何が何でも死にたくない人は多いであろうし、作品世界においても死後の世界の存在を知らない一般人の中にはそういう人もいるであろうが、死後の世界の存在を知っていて努力次第では死者とも対話出来る魔戒法師が闇に堕ちる動機としては、いささか不自然だと思う。
 なお、先行発売されたBlu-rayの「メイキング」を観た所、シグト役の倉貫匡弘氏が解説をしていた。倉貫氏の喋りは聞き取り易いので、良い人選であると思った。