『三国志』の時代、蜀漢は三国の中で最も早く滅んでしまった。 しかし後代には、徐々に蜀漢こそ中国史の正統なる王朝であったという説が高まっていった。 その説の興隆の原因としては、まず大局的に見て、北方を失った南朝や南宋の知識人が自らの立場を蜀漢…
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