「私たちは『1984年』の世界に住んでいる!」と主張する者は、その主張の是非に関わらず、ほぼ全員が信用に値しない。なお、一応例外もいる。

 村上春樹氏が『1Q84』という小説を書いたせいで、私が長年親しんできた『1984年』の知名度が上がった。
 それは良いのだが、困った事に『1984年』をめぐる言論の質の平均は劣化を免れなかった。
 特に酷いのが、政府批判に絡めて「今この社会こそが『1984年』の世界そのものなのだ!」と主張する者である。
 実際に『1984年』を読めば解る事なのだが、完全な全体主義が達成された『1984年』の世界ではそういう反政府的な言論は原則として存在し得ない。たまに存在しても、それは不満分子を誘き寄せるための罠なのである。
 『1984年』のメッセージは、「ここまで堕ちない様にしましょう。」であって、「この状態から脱出しましょう。」ではない。その状態になったら脱出は不可能であるし、そういう世界では『1984年』の出版も不可能だからである。
 そういう訳で、「私たちは『1984年』の世界に住んでいる!」と主張する者は、原則として以下のどれかに当て嵌まるであろう。どれも信用のならない連中である。
※実際に読んだ事のない有名な本を自己の言論の権威付けに使おうとして失敗した者。
※自己の言論の権威付けに使おうとして有名な本を取り敢えず斜め読みしてみたものの、中身が全く理解出来なかった者。
※現実の日本社会を捉え損ねている上、自分だけは秘密警察の追跡を見事に回避出来る天才だと自惚れている者。
※実は本人は日本社会と『1984年』をかなり正確に理解しているものの、発言はいつも「嘘・大袈裟・紛らわしい」ものばかりである者。
※その主張自体は全く正しいが、同意者を誘導して投獄しようと企んでいる独裁政権の手先である者。
 取り敢えずこの全員に、「せめてIQを84程度まで高めて出直してこい。」と言いたい。
 但し、例外的に信用出来る場合もある。
※「私たちは『1984年』の世界に住んでいる!」と叫んでいたが、数日後行方不明になり、その人がかつて存在したという痕跡ごと消えてしまった者。
 本人による偽装工作の可能性が零とは言えないが、これはかなり信用に値する。

一九八四年[新訳版] (ハヤカワepi文庫)

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1Q84 BOOK1-3 文庫 全6巻 完結セット (新潮文庫)

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