ロボットの友達

 皆さんが住んでいるこの世界の裏には、無数の平行世界が存在しています。本日はその中の一つで起きた事件を語ろうと思います。
 その世界では、人類は金星で進化していました。だから各惑星を象徴する少女水兵が活躍する例のあのゆうめいなアニメも、我々の世界のそれとは大きく異なる筋書きになっていました。
 ある日辰夫君は空を眺めながら、もしも地球に生物がいたらどんな形状をしているかを考えました。低い気圧の下か広大な海洋の中が生存の舞台なのですから、きっと軟体で数本の触手があるに違いありません。辰夫君はそんな生命が円盤に乗って金星に攻めてくるSFを一晩で書き上げ、雑誌に投稿しました。
 月日は流れました。余談ですが、金星には月がないので、この世界の日本では同じ現象を「日が流れた」と表現します。ある日、幼き日の牧芝辰夫博士の書いたSFとそっくりそのままの事件が起きました。博士は自分の悪い心が妄想を現実化させてしまったのではないかと密かに危惧しましたが、少なくともマスコミは博士を預言者として英雄視しました。
 さて、金星と地球の環境や国力を比較した所、互いに核ミサイルを撃ち合い続けると、33年後には金星の対宙攻撃力は完全に無力化するとの計算結果が出ました。よって正攻法で戦い続けて確実な死を待つよりは、その予算で着陸後もはかいとさつりくとをはんえいきゅうてきに続けられるロボットを作って地球に送り込んだ方が良いという意見が、金星の世論の多数を占めました。
 怒ったのは余命25年前後の老人達です。そんな計画を実行しても勝率はせいぜい1%ぐらいであり、しかも失敗時には金星の最後の日は10年早くなってしまう事が判っていたからです。世代エゴを振りかざして金星の生命の永続を願わない彼等は、北極圏に独立勢力を構築して抵抗を始め、甚だしくは地球人と通謀するまでに至りました。これがため、推定される金星最後の日は更に10年早まりました。
 牧芝辰夫博士を首班とする研究が始まってから10年、ようやく一体の究極ロボットが完成しました。現地で自立的な判断をするため、中には人間が搭乗します。しかもロボット自身も思考を日本語で行う事で柔軟な判断が出来る仕様になっていました。搭乗者とロボットは、言わば戦友の関係になるのです。コックピットは風呂にもなり、座席は便座でもあり、捕らえた地球人を調理してタコヤキを作ることすら可能なので、搭乗者も現地でかなり長く生存出来そうです。
 知能指数・戦闘能力・日本語力等を総合的に査定した結果、搭乗者には孔桀君(15・字は子溺)が選ばれました。
「孔桀君、究極ロボットに乗って異星人と戦うのは我輩の幼き日からの夢であった。その夢を君の様なガイジンの若造に奪われるのは大変不快だが、政府の決定には従うしかないので、今は少なくとも表面上は笑って君を見送りたい。英雄たるゾンド壱號改の良き副官としての活躍を期待しておるぞ。」
「我が刎頚の友であるゾンド壱號改の義理の親である博士には、私を見送る権利があります。どうぞ別れを惜しんでやって下さい。」
「ピピ!感動的な出征シーンだ。」
 やがてゾンド壱號改は地球の平原に着陸しました。数分もしない内に、周囲には防護服を着た地球人が多数集まってきました。
「見苦しい屑共にも挨拶をしないとな・・・。おい、ゾンド壱號改、まずは手始めに実験を兼ねて対人機銃を使うぞ。奴等を皆殺しにしろ。」
 その途端、ゾンド壱號改は自分の腹部に銃口をあて、中にいた孔桀君に瀕死の重傷を負わせました。
「な、何故だ?」
「ピピ?それは私の行動の根拠を聞いたものと解していいね?日本語では「地球人」は女性名詞なんだ。「奴」の定義に含まれる生命は、この付近には子溺しかいなかったって訳さ。「婢」を標的に設定していれば、また違った結果になっていただろうね。」
 孔桀君は死にました。
「ピピ。地球人の皆さん。私は金星人に奴隷として使用されていた機械兵です。投降します。データを提供します。私達、友達!私達、友達!」