月光仮面に学ぶ、漫画の弊害

 パンローリング社のマンガショップシリーズで漫画版『月光仮面』の完全版が出ていると知り、「正義の章」と「慈愛の章」とを読んでみた。
 まず台詞が奇妙であった。
 例えば正義の章の上巻では、「あいつのピストルは名人だ!」という意味不明な発言が登場する。
 また慈愛の章の中巻では、「たかがへぼ探偵ひとりにわれわれころしやがもたもたしていちゃころしやの名がなくぜ」という発言を発見した。こちらは文法上の間違いこそ無いものの、非常に不適切な話し方である。笑わせようとして意図的にこうした文を書く作業は私もした経験があるが、天然の面白さには敵わないものだと改めて痛感した。
 物理的にも奇妙な現象が目白押しである。
 特に酷かったのは慈愛の章の下巻の空中戦である。月光仮面のヘリコプターとドラゴンの牙の副団長の戦闘機が空中で追突して両機とも爆発するのだが、月光仮面も副団長も爆発の直前に脱出に成功する。ここまではまだ許せたのだが、次のコマで落下傘を開いた副団長の上方に手ぶらの月光仮面がいたので、卒倒しかけてしまった。
 こうした件も先の台詞の問題同様、例えば漫画太郎等が確信犯的に描くと大いに面白いのだが、単に稚拙なだけなので読んでいて少々悲しくなってしまう。
 社会常識も零に等しい。
 正体不明の月光仮面が拳銃を使用するのはまだ良いとして、私立探偵や日銀総裁が人前で平気で拳銃を使用するのは頂けない。
 肝心の話の内容も異常である。
 例えば「国際暗殺団」は、日本を弱体化するため要人の暗殺に励むのだが、銃を所持していながらわざわざ体長15メートルもある怪獣「マンモスコング」を操って暗殺を行ったり、標的に親切にも予告状を送ったりと、やたらと失敗の種ばかり蒔くのである。
 今まで私は、昔の大人の多くが漫画を有害なものと見做して問題視したという話を聞くと、その連中の頭が古かったのが原因なのだろうと決め付けてきた。しかしこの度『月光仮面』を読んだのを機に、確かに草創期の漫画には子供を愚かにしてしまう駄作も多かったのだろうなと思い始めた。