今こそ「多芸入試」を!

 以前紹介した、「長方形」という言葉を知らない中学三年生(参照→http://d.hatena.ne.jp/gureneko/20091220/1261255932)と再会した。そしてその子が、「直角」という言葉を知らない事と、数学も計算問題は普通に解けるという事を、新たに知った。これで私は計三度その子の小学校の担任を憎んだ事になる。
 「ソ連って崩壊していたんですか!えー!じゃあもうソ連って存在しないんですか!わー、知らなかったぁ。」と、これは模試で好成績を収めている知り合いの小学六年生の言。おそらく担任は現代史を飛ばし、一方彼女は公民で狙われやすい米ソ間の核兵器関連の条約を必死で暗記し続けていたのだろう・・・。
 さて、最近所謂「一芸入試」系の大学入試試験が増えてきているという記事をしばしば目にする。多くの教科を受けさせても、結局はその内の良かった教科の点で合否を判定している所もあるらしい。
 確かに一芸に秀でた人材を伸ばすのも一つの教育であるとは思う。だが研究者・技術者よりも普通の企業・官庁に就職する人材の方を多く養成している学校まで受験科目を少なくしている現状は、率直に言っておかしいと思う。
 そこで器用貧乏な人物への救済措置として、いっそ文系理系問わず大量の科目を受けさせて、その中で一番悪かった科目の点で合否を判断させる入試を提案してみたい。
 これは酔狂で考えたのではない。冒頭で紹介した様な「悲劇」に触れている内に、このタイプの入試で好成績を挙げるジェネラリストこそ、現行の小学校教諭として最適であろうと思ったからである。
 ある学問に初めて触れる際、基礎を教える人材が劣悪だというのは、その後の人生を大いに狂わせてしまうものである。
 特に小学校での英語教育が始まった今こそ、小学校教諭の育成に力を入れている学校・学部は、何でもそこそここなせる人員を確保すべきであろう。
「達巷黨人曰 大哉孔子 博學而無所成名」(『論語』子罕篇より)