最後の懺悔

 あるパラレルワールドに、一つの中規模な新興宗教がありました。
 この宗教は、中園信吾という霊界の真実を透視出来ると主張する人物を、彼の家族が金儲けのために共謀して教祖に仕立て上げて作られた宗教でした。家族は、彼に中園信吾の名前も捨てさせ、「霊園語(れーえん・かたる)」と名乗らせました。
 中園の自称する地位は徐々に高まり、やがては「全宇宙の最強神」を名乗るようになりました。この過程で多くの良識的な信者は教団を辞めたり分派を作ったりしました。
 教団に残った人は、自分の疑念を追い払いつつ、一生懸命に中園が最強神であると信じ続けました。
 すると中園は、誰も当選しないような妙な公約を掲げる政治結社を作ったり、多くの愛人を抱えたり、それまで「次強神」として信者に崇めさせていた妻を離縁して「実は彼女の強さは下から二番目の間違いでした。」と言い張ったり、信者数が付加価値研究所を越えて日本一になったと嘘を吐いたり、外れる予言ばかりしたりと、傍目には狂気としか思えない行動に出るようになりました。
 これでまた多くの信者が教団を去りましたが、残った信者はますます躍起になって「霊園様は我々の信仰を試しておられるのだ。」と言い張り続け、退会者のブログを荒らす等の活動を熱心に続けました。
 そんなある日、この世界にも最後の審判の時がやってきました。「時」が来た事については、その瞬間の24時間前には全人類の脳に直接啓示があり、これを全ての人が信じて受け入れていました。
 教団の信者たちは、莫大な布施によりほぼ全員が貧困に喘いでいましたが、今こそ退会者や無神論者や異教徒を見返す時が来たと喜び、また同時に霊園語が最強神ではなかったらどうしようという一抹の不安を抱えつつ、中園の待つ教団総合本部に集まりました。その数は約5000人でしたが、教団の公式発表では5000万人とされました。
 「時」が来た瞬間、中園の身体が黄金色に輝き、巨大化しました。そして全人類一人一人に判決を下し始めました。信者は予測が原則として当たった事を喜びました。判決がかなり甘くて99%以上の人が楽園送りになっていった事だけは信者にとって少々予想外でしたが、これは些細な事として受忍されました。
 裁判も終わりに近づき、最後に教団信者5000人が残されました。信者達は自分達に特別な地位が与えられるのではないかと期待しました。
 黄金色の中園が重々しくこう言い渡しました。
「私は最後の救済活動をより効率的に行うため、神であるとばれない工夫をした。それは世界一の俗物として振る舞う事であった。だが諸君はこの神をも超える知能を駆使して、どうした訳か私の正体を見抜いた。そして教団組織に私を押し込めて救済活動を鈍らせた。その罪は万死に値する。仮に罪を許すとしても、神を越える知能の持ち主に不死の能力を与えては我々の地位が脅かされる。よって全員を粛清する事にした。」
 信者たちは驚き慌てました。やがてある古参幹部がおずおずと反論しました。
「我々は馬鹿で俗物だったので、却って偶然にも真実を言い当ててしまったのです。他意はありません。何卒お許しを。」
 しかし中園は許しませんでした。
「そうやって即座に私の韜晦術を真似する奴が、馬鹿な筈がない。」
 絶望感が漂う中、ある末端信者がこう叫びました。
「俺はこんな馬鹿な宗教は信じていなかった。馬鹿を観察するのが面白いから内部に留まっていただけだ。生涯で払った御布施の額も合計で僅か5000円だ。今日ここへ来たのも野次馬根性からだ。だから俺だけは許してくれ。」
 すると中園は、彼を許して楽園に送りました。それを見ていた信者達は、我先に「実は俺も不信心者でして、……。」と、如何に自分が劣悪な信者であったかを大声でアピールし始めました。
 彼等の大半は「懺悔」という行為をするのは生涯で初めてだったのですが、初めてにしてはかなり上手だったそうです。