武内宿禰の謎を真根子から考えた。ついでに斉藤道三と上田次郎も。

 『日本書紀』に登場する武内宿禰天皇家の分家の出身であり、約三百年間生きた事になっている。
 武内宿禰が斯くも長生とされた原因については、彼が全くの架空の人物であるためとする説、天皇家の歴史を引き延ばす過程で巻き添えになったとする説、複数の人物の活躍が混同されたとする説等があり、それぞれ魅力的ではある。
 だが私は長年納得がいかなかった。豪族による偉大な先祖の捏造ならばもっと上手な方法があるであろうし、編集段階でこれ程極端なミスが生じる可能性は低いであろう。武内宿禰の長生は何かもっと深い理由によって自覚的に共有された公式見解だったのではあるまいか、と疑い続けていた。
 謎を解く鍵として最近注目しているのが、「壱伎直の祖」とされる真根子の伝説である。『日本書紀』によれば、応神天皇九年四月に筑紫に出張中であった武内宿禰は弟の讒言により死刑を宣告されるが、偶然顔が似ていた真根子が身代わりになった事で生き延び、その後は探湯の勝負に勝って名誉を回復するのである。
 私はふと考えた。探湯の勝負に勝った武内宿禰と、死刑宣告を受けた武内宿禰は同一人物だろうか?自分と顔が似ていてしかも義侠心から代わりに死んでくれるような人物が偶然にも出張先にいたというのは、非常に不自然である。
 ここから私の空想は広がった。武内宿禰の「再生」はこれ一回きりではなく、実は何度も繰り返されてきた事なのではなかろうか、と。
 武内宿禰の一族は何かしらの力を持っていて、その力を背景に天皇家に対して「我々は世代交代をしていない」というフィクションを押し付けていたのではなかろうか?「力」は軍事力であったかもしれないし探湯の必勝法等の知識であったかもしれない。歴代の武内宿禰は、このフィクションを認めさせる事で、単なる遠い分家の後継者ではなく、一族の大長老としての特別待遇を享受し続けたのではあるまいか?
 天皇家の側でも、力に屈して特定の分家にのみ特別待遇を与えたという図式よりかは、「武内宿禰は長生き」というフィクションを受け入れた方が体面を保てたであろう。本家と分家の間のぎりぎりの妥協である。
 この仮説が正しい場合、歴代の武内宿禰が自然死する度に、翌日には後継者が「三十年ぶりに若返りの秘法を実行しました。」等と言って登場したのだと思われる。ただし一度だけ一族の裏切り者のせいで刑死してしまったので、この時だけは「あれは偽首だったんですよ。」と言って後継者が登場したのであろう。
 二代かけて浪人から美濃の支配者になった長井新左衛門尉・斉藤道三親子の事跡が道三一代の事跡とされたのも、案外これが理由なのかもしれない。
 そういえば現代を舞台にしたドラマの『TRICK3』でも、相続税を払いたくない遺族から金を貰って死者の影武者を雇う「絶対死なない老人ホーム」が登場していた。現実の現代日本でも、幾つかの貧乏な世帯が死者の年金を受け取り続けていた事が社会問題となった。何時の世にも、先代の死が社会的に認知されると都合の悪い後継者は存在するのである。

日本書紀〈2〉 (岩波文庫)

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