生存報告を兼ねて、コンタロウ著『プロレス鬼』の紹介

 コンタロウ著『プロレス鬼』という短編集がある。西暦2021年1月19日現在、「スキマ」などのサイトで合法的に無料で読むこともできる。

 本日はこの書の表題作となった短編「プロレス鬼」を紹介する。短編でコマも大きいというのに、意義深い内容なのである。

 まず最初のページ、三人のプロレスラーが並んだ一枚の写真が紹介される。彼らは紹介文によると「日本プロレスの 生みの親 鬼道山」と「番場正平」と「伊能完至」の三人である。

 どう見ても、力道山ジャイアント馬場こと馬場正平アントニオ猪木こと猪木寛至の三人がモデルの作品である。直球中の直球である。

 ここからは数十ページにわたり、『ジャイアント台風』や『プロレススーパースター列伝』などの梶原作品で「正史」として世に広まっていた物語の焼き直しが描かれる。

 すなわち、馬場は力道山に贔屓されて猪木は虐げられたという話である。

 ときおり鬼道山の相撲への恨みなどの暗黒面が描かれる。

 そして終盤、鬼道山は史実の力道山と同じくヤクザに刺されて死ぬ。

 鬼道山に活躍の邪魔をされなくなった伊能完至の名声はすぐに番場正平に追いつくが、鬼道山の遺影の前で二人だけの試合をしたところ、引き分けに終わってしまう。

 七光だけのレスラーに見えた番場は、ちょうど伊能と同じく必死に特訓をしていたのである。しかも番場は番場で伊能こそが鬼道山に贔屓されていると思い込んでいたのである。

 誤解を解きあった二人は、二人への扱いは互いを競争させ伸ばすために仕組んだ鬼道山の策だったという結論に、いったんは達する。死してなお五年も二人を操り続けることで、自分が創始したプロレス界を発展させたというそのやり口を、「鬼」と二人は評する。

 ここまでならほぼ梶原作品群の踏襲であり、力道山のやり口への批評がほんの少し辛めというだけである。

 だが本当に凄いのはここからの数ページである。

 番場に次いで伊能がアメリカで取得してきたベルトを鬼道山の遺影に捧げると、その遺影がまるで拒絶の意思を持ったかのように床に落ちるのである。

 ここで、ヤクザに刺された後にあえて養生をサボって死んでいった、あの力道山の不審死の新解釈が語られる。

 彼は本当に体格に恵まれた後輩たちを嫉妬しており、成長した彼らが老いた自分を抜くのを怖れ、全盛期のうちに意図的に死んだのではないか、という解釈である。

 最後のページは最初のページと同じ写真の紹介であり、紹介文だけが異なっている。

 左右の二人が「ジャイアント・番場」と「アントニオ・伊能」の若き日の姿と紹介されたのち、「真中の男は その師にあたる ……たしか 鬼道山とかいう 相撲出身のレスラーである」と書かれているのである。

 同じ写真の紹介文の語り手の世代が代わり、力道山より馬場と猪木の知名度が高まった現代という現実を突きつけることで、そういう未来を見ることを死ぬよりも恐れた「プロレス鬼」の悲哀が浮き彫りになっているのである。

 これ程見事な構成の短編漫画は珍しい。

 そしてこの作品の「凄み」を真に理解するには、日本のプロレス史のみならず、梶原を通じたプロレスの受容史まで知らなければならない。

 「ジャイアント・馬場」の苗字を単に「馬場」に似た苗字ではなく敢えて「番場」にしたのも、やはり梶原作品である『侍ジャイアンツ』の番場蛮を意識してのことであろう。つまり「まず梶原の「正史」を踏まえてから読むべし」という作者からのメッセージである。

 これはもっと多くの人に知られるべき漫画であると思う。

ジャイアント台風1

ジャイアント台風1

 
侍ジャイアンツ 1

侍ジャイアンツ 1