『カティンの森』を観た。

 映画『カティンの森』(http://katyn-movie.com/pc/)を岩波ホールhttp://www.iwanami-hall.com/)で観てきた。題名通り、カティンの森事件とそれを告発出来なかった時代とを告発した映画である。
 時間帯や場所等を考慮に入れても、御年配の観客が妙に多いと感じた。冷戦時代に、ソ連への評価を決定的に左右する極めて重要な問題として、「やったのはどっちだ?」と調べ続けていた人達なのかもしれない。
 映画の中では、ポーランド市民がソ連占領下・ドイツ占領下・独立後という三種類の地獄で延々と苦しみ続けていた。
 一番悪いのは当然スターリンであり、またそれで済ませてしまう事は道徳問題としては一向に構わないのだが、この事件からはもっと多くの教訓を引き出せる。
 まずポーランドを滅ぼす際に目先の利益のためにスターリンと組んでしまったヒトラーにも問題がある。後年ソ連カティンの森事件ナチスの仕業に擬装するが、ドイツに自業自得の要素が全く無いとも言えない。
 次に、これまたナチスを滅ぼす際に目先の利益のためにスターリンと組んでしまった米英にも、事件の真実を公然と語れないポーランドを作り出してしまった責任がある。こうした事跡でも、チャーチルヒトラーは大いに似ている。(参照→http://d.hatena.ne.jp/gureneko/20090927/1254030741
 最後に、少々厳しい物言いになるが、ポーランドにも問題がある。平沼騏一郎を首相に持った日本人も偉そうな説教は出来ないが、独ソに挟撃されるという至上稀な悲劇に直面したのは、複雑怪奇な欧州の天地で国策を誤った結果なのだから。そしてスターリンの捕虜になってもどうせ殺されるという事を見抜けずあっさり降伏してしまった軍隊も問題であるし、ソ連の言いなりになる指導者に屈服してしまった民衆も問題である。
 私はこの映画を、明日の日本と世界を担う少年少女に、単純な正義感だけを動機とせず、じっくりと観て欲しいと思う。
 なお、字幕に関して一つ疑問に思った事がある。街頭スピーカーがカティンで発見された遺体の中で身元が判明した人物の姓名を列挙していくという場面があるのだが、字幕の記載における姓・名の順序が劇中の音声におけるそれと逆になっていたのである。理由を御存知の方には是非とも教えを請いたい。
 兄の墓碑銘の没年を1940年にしようと奔走して弾圧される女性がアンティゴネーに擬えられている事を日本の観客にも伝えてくれる親切な字幕であったので、何かしらの理由が在る可能性が高いと思っている。

アンティゴネー (岩波文庫)

アンティゴネー (岩波文庫)