- 作者: アレンシャープ,土井竜
- 出版社/メーカー: 国土社
- 発売日: 1986/11
- メディア: 単行本
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2ページによると、原題は"The Unsolved Case of Sherlock Homes"で1984年にケンブリッジ大学出版会から出た本らしい。表紙には「ケンブリッジ大学版 アドベンチャー・ゲームブック」と書かれている。原作・原作者についてのそれ以上の情報は一切存在しない。
ゲームブックとしてはかなり単純なもので、選択肢による分岐のみで遊ぶものである。その選択肢も多くても二つまでである。主人公は探偵なのだが、読者がその分身として推理に参加して知恵を絞って選択肢を選ぶ形式のものではなく、行動の大まかな指針を決めるだけの形式のものである。よって知能の高さとベストエンディングに辿り着ける確率はほぼ無関係である。
エンディングは五種類あるのだが、死亡等の本当の意味でのバッドエンディングは無く、ある恐ろしい陰謀の真相をどの程度主人公が知る事が出来たかの差異しかない。各エンディングにも別段「残念でしたゲームオーバーです」だの「敵は偶然死んだけど真相が不明なので50点」だのといった評価は付されず、それぞれのルートは普通に小説として終わるだけである。
試みに完全に無作為に選択肢を決断していった場合の、各エンディングに至る確率を計算してみた。マイクロフト=ホームズが主人公の知らない所でさっさと事件を解決してしまう最悪のエンディングに至る確率が11/16。火事のせいで偶然陰謀が防がれる確率が55/256。交通事故のせいで敵が勝手に全滅してしまう確率が175/2048。陰謀を主人公が偶然防いでしまうが、本人もそれに本当の意味で気付く事は無く、イギリスの国益も若干損なわれたままというのが25/4096。ベストエンディングが25/4096。
ただしベストエンディングか準ベストエンディングに辿り着かなければ知るに至れないはずの陰謀についての情報は、裏表紙の「えっ、ホームズが殺人犯!?どうやって、このわなから彼を救い出すか!生命は保証のかぎりではないが、成功を祈る!」という文の中にちゃっかり暴露されている。
以上から判る通り、ゲームブックとしてはかなりつまらない。ただし「あの時ああしていたならば、彼には事件がこう見えていたことになる」という複数の平行世界を描いた特異なジャンルの小説としての面白さはあった。
こうしたゲームブックとしては単純でありつつ構成が複雑な作品なのだが、日本版の出版社側は「ゲームブック」というジャンルに引きずられたせいか、対象年齢を小学校中学年程度とした形跡がある。なにしろ「順番」という比較的優しい単語にまで「じゅんばん」と仮名を振っているし、アルファベットにすら「えむ」等の仮名を振っているのである。
だがこんなものを小学生が買っても、本当にこの作品を楽しめるようになるまで、数年はかかるであろう。
もう一つ面白いのは作中の時代設定である。
107ページ等によると、この事件は『バスカヴィル家の犬』の裏側で起きていた事になっている。また109ページには、モリアーティ教授がこの事件以前の1891年に故人となっているという設定もある。一般に『バスカヴィル家の犬』は1891年の『最後の事件』以前の話とされるが、一応1894年の『空家の冒険』以後説もあるので、ここまではまあ良い。
ところが109ページではもう一つ、「ロワー・ノーウッドといわれるところでおきた、謎の死の事件」の直前である事が示される。『ノーウッドの建築業者』はホームズが帰還した数ヶ月後の8月に起きた事件である事が明記されているのに対し、『バスカヴィル家の犬』は9〜10月に起きた事件である。年代をどう工夫しようと、『バスカヴィル家の犬』の直後に『ノーウッドの建築業者』事件が発生する事はあり得ない。
無理に整合的に解釈するならば、『バスカヴィル家の犬』事件の直後にロワー・ノーウッドでは『建築業者』とは別のホームズが呼ばれた事件があったというのがアレン=シャープの独自設定なのだ、という事になる。これならば一応時系列に問題は無さそうである。
ところがもう一つ都合の悪い記述がある。88ページには「イギリス海軍の新しい戦艦の」「新型の蒸気タービンの設計図」なるものが登場し、「外国軍は、ばく大な金で買うだろう。」とされている。
「戦艦」に蒸気タービンが乗るとなると、これはもう1906年進水のドレッドノートを待つ必要がある。そこで、ここでいう「戦艦」とは「戦闘艦」ではなく「軍艦」程度の意味だと解釈すると、1894年8月進水のタービニアとの一件とおそらく1894年8月の『ノーウッドの建築業者』の直前という設定が、見事に一致する。
してみるとアレン=シャープの脳内では、『バスカヴィル家の犬』の年代設定こそが特殊なのだろうか?
こんな事を延々と考えている内に、時間がどんどん過ぎてしまった。
その意味では、私はこの本で一応「推理」を楽しんだと言える。
そしてこれ以上自力で推理する心算は無いので、諸賢からの情報・新解釈をお待ちする次第である。
バスカヴィル家の犬―新訳シャーロック・ホームズ全集 (光文社文庫)
- 作者: アーサー・コナンドイル,Arthur Conan Doyle,日暮雅通
- 出版社/メーカー: 光文社
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