円道祥之著『ガンダム「一年戦争」』(宝島社・2002)

ガンダム「一年戦争」 (宝島社文庫)

ガンダム「一年戦争」 (宝島社文庫)

評価 知識1 論理1 品性2 文章力2 独創性1 個人的共感2
 本書は西暦2000年に出版された同名の書籍を文庫化したものである。
 245ページでは「編者」とされている円道祥之だが、他に執筆者らしき人物の名は見当たらないし、240ページから始まる「あとがき」では「著者」と名乗っているので、本稿では円道を「著者」と呼ぶ。
 さてガンダムといえば、一応一続きである筈の宇宙世紀を描いた作品同士でも互いに設定が微妙に異なる事で有名だが、本書はガンダムについて語るにおいて、どんな作品をどんな序列で準拠にしたのかが全く書かれていない。
 私が読んだ限りでは、映像作品としてはテレビ版のファーストガンダムが基調であり、まれに映画版(59ページ)・『0080』(45ページ等)・『0083』(224ページ)・『Z』(19ページ)・『ZZ』(224ページ)・『逆襲のシャア』(224ページ)の話題が登場しているのだが、どういう訳か『08MS小隊』だけは完全に無視されている。この態度についての理念も全く語られない。
 また67ページには上記の映像作品には登場しない「宇宙攻撃軍」や「突撃機動軍」といった後付け設定の用語も登場しているのだが、244ページの参考資料にはガンダムの関連書籍は一つも無い。
 典拠の混乱は当然ながら矛盾を生む。
 10ページでは「戦艦」だったホワイトベースが、71ページでは「宇宙空母」になっている。
 19ページでは地球連邦軍は「わずか16歳の少年アムロ・レイ曹長に任命して実戦に投入していた。」とあるのに、72ページではホワイトベースに「15歳のアムロ・レイ曹長で乗り組んでいた」ことになっている。
 24ページではジオン公国が開戦と同時に「サイド1、2、4、5を攻撃し、そこの住民28億を皆殺しにしてしまったのである。」としているのに、127ページでは「サイド1、2、4の28億人が、」犠牲になった事になっている。
 26ページでは「一年戦争ジオン公国は自分たち以外の全人類を敵にまわしていた」とされているのに、44ページではサイド6が中立国だった事になっている。
 これ等は、たとえ読者に明らかにされなくても、せめて著者の脳内に典拠の序列についての明確な理念があったならば、避けられた筈の過失である。
 一貫性の無さは表記についても見受けられる。48ページでは「サイクロップス隊」とされていたのと同一の隊が、195ページでは「サイクロプス隊」とされている。
 以下、個別の問題点も指摘する。
 10ページ、「10月。試作型モビルスーツ3機を積んだ連邦軍の新造戦艦ホワイトベースがサイド7に入港したとき、」とある。だがホワイトベースのサイド7入港は一般に9月18日とされる。またデニム・ジーンの攻撃後に残っていたモビルスーツは確かに三機だが、二人は撃破されるまでに大量の連邦軍モビルスーツを破壊していたので、ホワイトベースに積載されていたモビルスーツの数が三機という事はあり得ない。
 11ページ、「ジオン公国は継戦能力も意思も喪失する。宇宙世紀0080、年が改まるのとほぼ同時に、地球連邦と休戦協定を結んだのだった。」とある。だが地球連邦と休戦協定を結んだのはジオン公国ではなくジオン共和国である。
 14ページ、「たとえばフランスの正式名称はフランス共和国(Republique francaise)という。」とあるが、正しい綴りは” République française”である。
 16ページ、「公国(principality)とは、”公(duke)”の称号を持つ人間が統治する小国だ。」とある。だが実際にはprincipalityの元首はprinceである。dukeはduchyの元首である。
 29ページでは「アドルフ・ヒトラーの著書『わが闘争』の冒頭の文句」が「歴史を動かすのは書かれた言葉ではなく、話された言葉による」となっている。だが実際の冒頭の文句は、イン川の畔のブラウナウが自分の生誕の地である事に感謝するものである。
 41ページでは第二次世界大戦における山本五十六を「一野戦指揮官」としている。だが野戦とは一般に陸戦のみを指す。
 45ページでは「ベルガミノという人物はサイド6の領空内に浮きドックを持ち、両軍の艦船を隔てなく修理していた。」とされている。しかしベルガミノが両軍の船を直していたドックは、実際にはサイド6の領空の外にある。これは本人の発言でもそうであるし、ホワイトベースが領空外に出て来るのを律儀に待っていたコンスコン達がドックは遠慮会釈無く攻撃している事からも明らかである。
 61ページには「甲斐の武田氏のように、領国に海がないのに、海賊を雇ったケースもある。」とある。だが実際には武田氏は海のある駿河を領国化しており、だからこそ海賊を雇ったのである。
 64ページ、「アメリカはまた、三軍のほかに軍隊を保有している。海兵隊だ。」とある。だがアメリカ合衆国の軍隊には陸海空軍と海兵隊の他に沿岸警備隊があるので、ここでは「海兵隊だ」の前に「たとえば」等の言葉を補うべきであった。
 71ページ、「ブライト・ノアは20歳で宇宙空母ホワイトベースの艦長になったし、同年齢のシャア・アズナブル大佐も、巡洋艦ムサイ艦長、潜水艦部隊マッド・アングラーの司令、戦艦ザンジバル艦長を歴任している。」とある。だがムサイの艦長に就任した頃のシャアは少佐、マッドアングラーの艦長になった頃のシャアは中佐である。対比の相手のブライトには階級が付されていないのだから、無理に「大佐」と付ける必要は無いだろう。
 111ページの「領国」は「両国」の誤記である。こういうのを正すのは、文庫化の重要な意義の一つなのだが・・・。
 188ページ、「連邦軍の制服はブルーかグレー。女性兵士はピンク」とされているが、ブルーやピンクの制服を着ていたのは少年兵・少女兵であり、原則は男女共にグレーである。
 208ページでは、保元の乱において「敗れた藤原信頼源為朝平忠正は捕らえられて切られたが、」とある。だが藤原信頼が切られたのは平治の乱であるし、源為朝は流刑で済んでいる。
 同ページではこの間違いを引き摺ったためか、源義朝平治の乱の「首謀者」扱いする間違いまで犯している。