『ベルリン陥落』

ベルリン陥落(トールケース仕様) [DVD]

ベルリン陥落(トールケース仕様) [DVD]

 ソ連プロパガンダ映画『ベルリン陥落』を観た。
 無欠の英雄として描かれなければならなかったためか、偶然本人に顔が似ていた俳優が大根だったが故の対策なのかは知らないが、スターリンには動きや表情の変化がほとんどない。彫像の様に無表情の人物が直立し、たまに身動きをして名言を吐くだけである。登場頻度もかなり少ない。
 対するヒトラーだが、本人そっくりの抑揚や身動きの人物が熱演している。彼は、人間味たっぷりに、喜び、怒り、苦悩し、錯乱する。登場頻度も多く、彼の方が余程主人公の気風を漂わせている。
 ヒトラーの戦略が拙いという印象を持たせるためか、将軍達が反論を具申する場面も多い。だがこのせいで、「ナチスドイツは、ソ連よりかは言論が自由だ。」という印象も醸し出されてしまっている。
 開戦当初の場面では、ドイツ軍は無意味に畑に爆弾を落としている。「ナチスは悪辣だ。」と観客に思い込ませたいのだろうが、「弾薬と食料をこうも無駄にする軍隊なんか、私が指導者でも簡単に勝てる。スターリンはこんな無能な軍隊に苦労して勝ったからといって偉そうな顔をするな!」と思った観客も多いだろう。
 また、映画の中の複数の台詞から、ソ連では第一次世界大戦でロシアがドイツに勝った事になっていた事が判った。これは望外の収穫であった。
 終盤、ベルリンが焼かれ、戦死者が続出する中で、ヒトラーは結婚式を挙げる。その結婚式のBGMを途絶えさせずに、激烈な市街戦も挿入されている。
 激戦の場面で敢えて場違いな音楽を流して悲愴感等を煽るというのは、中々高度な手法である。そしてまた、馬鹿な映画で突然高度な手法を使ってみせるというのも、良い対比効果が期待出来る。
 ただし、そのBGMがメンデルスゾーンの『結婚行進曲』だったのは、実に残念である。ナチスの指導者の結婚式でユダヤ人が作曲した音楽が使用される筈がない。
 一方のシーンに極めて相応しい曲であってこそ、同時刻の別のシーンにおける違和感が最高潮にまで高まるのである。
 なおDVDの解説によると、スターリン批判の後、この映画は長期間封印されてしまったらしい。こんな面白い作品の鑑賞を禁じられるだなんて、何ともお気の毒である。
 ところで、「ナチス専制を倒したから、スターリン専制は正義だ。」と思っている人は、日本でもかなり減ってきたが、「スターリニズムを弾圧したから、フルチショフの専制は正義だ。」と思っている人は、今でもかなり残っている感がある。