実は今でも、多くの日本人が北朝鮮の民主主義への幻想を捨てきれていない。

 かつて「神聖ローマ帝国」という国があった。現実には、神聖でもなく、ローマでもなく、帝国でもない、という時期が長かったのだが、ともかくそう名乗っていた。
 この国を「ふむ、そう名乗るからには、きっと神聖でローマで帝国なんだろう。」と思い込んでしまった者の多くには、愚か者に相応しい末路が待っていたと思われる。
 しかしまた、いつ神聖ローマ帝国やその影響下の諸侯と衝突するか知れたものではない位置にあった都市や国の長が、「俺は大変賢いから神聖ローマ帝国の実態が「世俗的ドイツ王国」である事を見抜いた。ああいう偉そうな虚偽の国名を称するのは許せんので、爾後皇帝を相手としない!」と宣言し、その宣言内容を励行して自分から外交の選択肢を狭めたとすれば、やはりこれまた現実的な対応とはいえない。
 続いて紹介したいのは、『神聖モテモテ王国』という漫画である。神聖モテモテ王国の国王を称する奇妙な宇宙人の男性が主人公なのだが、彼には神聖さの欠片もなく、女性に好かれる事も少なく、また日本国の官憲に何度も捕縛されているので、やはりこれも実際には神聖でもモテモテでも王国でもない話である。
 この漫画について「題名に騙されて購入してしまったが、何度も読み返している内に羊頭狗肉だと気付いた。金返せ!」と主張する者がいたとすれば、それは余程の愚か者か、かなり悪質なクレーマーであろう。
 ところが自称「朝鮮民主主義人民共和国」に対しては、これとほぼ同じ態度を採る日本人がかなり多いのである。
 北朝鮮政府は、朝鮮民族過半数からの支持を得るに至っておらず、民主主義的傾向もかなり弱く、事実上の元首の立場は世襲が原則である。「北朝鮮専制主義王国」の方が余程実態に即しているだろう。
 「朝鮮民主主義人民共和国」という名称に完全に騙され続けている人は、最近の日本では流石にかなり減ってきた。
 ところが残念な事に、替わってマスメディア等で幅を利かせ始めたのは、中途半端に北朝鮮の実態を見抜いた人々である。彼等は、今の北朝鮮がどちらかというと専制主義王国に近いという事はどうにか見抜いたものの、本来は民主主義人民共和国であるという幻想を捨てられないでいる。だから金正日氏を評価する際、王としてではなく、民主主義国の政治家としての基準を用いて厳しく裁くのである。
 特に、昔は完全に北朝鮮の自称に騙されていて最近になってやっと中途半端に目覚めた人の中には、「信じていたのに裏切られた!」という思いから、無闇に評価の基準を厳しくする人も多い。そして初めから民主主義を自称していないサウジアラビアの王家に対しては、どれだけ国民を無視した贅沢がなされようと、ほとんど関心を示さないのである。
 しかも、北朝鮮で実際に権力を握っているのは誰かといった分析はほとんど行わず、憎しみを金正日氏に集中させてしまっている場合が多い。何もかも首領様と将軍様の御陰だと盲目的に信じている連中との差は紙一重である。
 真の現実主義者ならば、北朝鮮の正式名称なぞ一顧だにせずに、専制主義の王国であるという現実を現実として100%認めるべきである。またそこで行われている国内政治の有り様への道徳的評価とは独立に、現に日本国の近辺にあってそれなりの実力を備えている王国への対処を合理的に粛々と行うべきである。

神聖モテモテ王国[新装版]1 (少年サンデーコミックススペシャル)

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