『ブラザーズ・グリム』は伸び代の大きかった惜しい作品である

ブラザーズ・グリム [DVD]

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 今まで私が見てきた映画では、ドイツ人は征服者・侵略者として登場する場合が多かったのだが、この作品ではナポレオン配下のフランス軍が支配していた地域のドイツが描かれている。被征服者としてのドイツ人という設定それ自体からして映画としては新鮮であり、本来ならば加点要素にしたい所である。
 フランス軍の将軍は近代精神の権化としてドイツの暗い森の迷信を打ち破ろうとするが、ついに森の中で戦死する。これは、「童話に代表される前近代の底力が、近代へのレジスタンスに成功した」という印象を持たせたかったと思われるシーンである。
 しかし独仏の対立軸は、グリム童話を描くには実はあまり好ましくないのである。
 現在の中世文学史の研究では、グリム兄弟が情報源にした主要なメルヒェン提供者の内、ある一家を除いては先祖がプロテスタントであることを理由にフランスから亡命してきた一族の出身であることが、判明している。このためグリム童話には、フランスの伝承や、フランスで創作されたばかりの話までもが、数多く混入しているのである。
 とりわけ皮肉なことに、将軍の戦死の現場に建っていた五百年の歴史を持つ塔の元ネタである「ラプンツェル」は、映画の時代設定の約百五十年前にフランスで創作された話の改変なのである。
 活かしきれなかった加点要素は他にもある。ヒロインは村で除者にされている。どうやら「不名誉な人」のようである。多少変な部分があるとはいえ、娯楽映画でこの種のマイノリティを登場させてくれたのは、中々に素晴らしい事である。
 ところが塔の女王を倒した後のラストシーンでは、彼女は何故か他の村人と仲良く手を繋いで踊っているのである。彼女が賤視されていたのは、別に森の中に塔が建っていたからではあるまいに・・・。
 もうほんの少し工夫していれば、映画史に輝く作品になっていたかもしれないと思うと、実に残念である。