サクラ大戦歌謡ショウファイナル公演『新・愛ゆえに』

 サクラ大戦歌謡ショウファイナル公演『新・愛ゆえに』を視聴したので、その感想を書く。
 今回の見所の一つは、前半でも劇中ショウが行われる事である。中でも「あなたが楽しければ」という曲では、真宮寺さくらが歌いながらも専業のバックダンサー達の激しい動きにしっかり追いついており、非常に感動させられた。
 それが終わると「闇の世界ふたつ」という場が始まる。
 「ふたつ」の一方はなんと賢人機関であり、自らが創り出した帝国華撃団が反旗を翻す事に脅えて米田一基と藤枝かえでに圧力をかける、小心翼々たる老害達が描かれていた。しかも賢人機関の研究所から降魔の肉片が盗まれてしまうという失態も発生していた。賢人機関の「闇」の部分がこれ程克明に描かれた話は、かつて存在しなかったと思われる。
 因みに名目上は米田の後任になった筈の大神一郎は、呑気に母親に演劇関連の手紙を書いていた。昇進しても機密からは排除されているのか、それとも厄介な仕事を引退した前任者や部下に押し付けているのか、ここら辺の力関係は不明である。
 もう一つの「闇の世界」は、研究所から降魔の肉片を盗んだ倉木栄一郎の根拠地である。後にここが「スラム街の一角」である事が判明する。ここで彼は降魔の肉片を利用して人造人間を創り、「暗闇博士」という自称を始める。現代の視点から見れば使い古されたふざけた名前だが、1920年代ならばそれなりに格好良かったのかもしれない。
 だがこの人造人間、かなり弱い。最高傑作の一体だけはそこそこ強いのだが、それ以外の連中は二人掛かりでも素手の西村ヤン太郎に敵わない。西村がナイフを抜くと、四人掛かりでも全く歯が立たない。何とイリス=シャトーブリアン(以下、「アイリス」)に対しても組手で劣勢になっていた。
 この非力さは武器でカバーすべきなのだろうが、武器は初登場時には最高傑作が刀を持っていただけであり、残りの連中は皆素手であった。次に登場した時も雑魚達はせいぜいゲバ棒を持っていただけであった。弱過ぎて刀も使いこなせなかったのか、資金難で刀を一本しか用意出来なかったのかは、謎である。
 第一幕では生身でしかもソレッタ=織姫が欠けた状態の花組に完敗したこの連中、第二幕ではさくらが一人の状態を狙い、尚且つ一般人を人質にして、しかも部下の雑魚を犠牲にする戦術まで用い、やっとの思いでさくらを殺す。そして桐島カンナの声が聞こえた途端に逃げ出す。とにかく弱い。弱過ぎる。
 こんなに弱い人造人間だが、暗闇博士は帝都防衛には花組よりも役に立つと長年思い込んできたらしく、それを証明して花組に取って代わるために反乱を起こしたらしい。馬鹿である。
 マッドサイエンティストの魅力とは、優秀な科学者が道徳的には狂っている点にこそあるのであり、科学者としての認識まで狂っていてはただの馬鹿にしか見えない。
 そして案の定、知性を得た最高傑作は暗闇博士を殺してしまう。弱い上に忠誠心まで低いのだから、本当に役立たずである。
 一度死んださくらは、他の花組メンバーの命をアイリスを経由して少しずつ分けて貰い、復活する。
 このさくらの再生だけではなく、今作にはファイナル公演という事もあって、「死」と「再生」という概念がちりばめられていた。
 まず劇中劇の『新・愛ゆえに』は、サクラ大戦歌謡ショウの第一回の劇中劇『愛ゆえに』のリメイクである。原点回帰というものは、「死」であり「再生」でもある。
 続いてダンディ団がベロムーチョ武田の辞職や警察の取り締まりの強化によって事実上の壊滅に追い込まれる場面がある。銀座の商店街には地域の実情に適した自生的な治安維持システムであるダンディ団を惜しむ声も聞かれた。「悪」を内包しつつも「巨悪」に対しては頼りになるというダンディ団の壊滅は、「魔」を内包しつつも降魔を迎撃する花組の物語の終焉を象徴的に表現していると言える。
 そして「不死身」を自称する人造人間が再生したさくらに倒され、その後は桜の木が背景に登場して第二幕が終わる。日本人が桜を愛でる理由には散り際の潔さがあり、その背後には仏教から学んだ「諸行無常」の精神がある。
 「終わらないものなど無い。終わらないものを自称する者は嘘吐きである。だが終わった後で形を変えて再生するものはある。」という真理が、この公演には表されている。
 ファイナル公演は見た限りではほぼ満員であり、ここでファイナルにしてしまうのは勿体無い気もしたが、上述の理由から、ここで一応の区切りを付ける事こそが「さくら」の名に相応しかったものとも思われた。
 DISC4の千秋楽スーパーダイジェストは、ファン達が大いなる感動と悲しみを同時に感じていた。
 初代『サクラ大戦』を始めてから僅か半年の私だが(参照→http://d.hatena.ne.jp/gureneko/20130327/1364311437)、雰囲気に呑まれて自分まで十年来のファンであったかのような錯覚に陥り、観客に一体化して泣いてしまった。
サクラ大戦 (通常版)

サクラ大戦 (通常版)