幸福実現党監視の思い出【時系列篇】

西暦2009年初夏
 幸福実現党の結成を聞いた。
 政策はほぼ支持出来なかったが、膨大な数の選挙区で立候補するという覚悟を高く評価した。元々私は無投票当選は政治家を堕落させ易いと思っていたので(http://d.hatena.ne.jp/gureneko/20080516/1210909871)、たとえ内部がカルト組織でも外部にとっては存在自体が有意義だと思ったのである。このため、「右の共産党」ぐらいの評価を与えていた。
 点数でいえば50点ぐらいだったように思う。
 取り敢えずマスコミがあまり取材をしてくれないので、自分で監視を始めた。これについては【総論篇】(http://d.hatena.ne.jp/gureneko/20180623/1529747802)に詳しく書いた。
 敗因を準備不足と分析する傾向はアンチにも信者にも見られたが、準備不足というのは同時に「奇襲」でもある事を忘れてはならないだろう。
2010年冬
 幸福実現党沖縄県知事選で自民党と対決した姿勢を、実現党の唯一の国会議員であった大江康弘氏が批判し、離党をした。
 その後も幸福の科学グループは沖縄ではかなりのコストをかけて積極的に行動していた様に思う。
 この沖縄での活動を重視する傾向については、類似の戦略を採る他のセクトも多いので、別稿を書く予定。
2012年初夏
 立木秀学党首の講演を聞いた(http://d.hatena.ne.jp/gureneko/20120519/1337435106)。
 総裁である大川隆法氏の著作は無料配布で数冊ずつ入手していたが、他の役員の主張を聞くのはこれが初めて。党首の主張の中身はスカスカで、時間を大幅に空費したが、その空費によって実現党の政治家が如何に無能かが良く分かったので、「無用の用」という効用を得た。「空即是色 色即是空」である。
 「教団の古い幹部には道徳的にはともかく能力的には高い人が大勢いたが、今は無能なイエスマンが寵愛されて昇進している。」と複数の元信者や会内アンチの方々から聞いていたので、「この党首は無能なイエスマンなんだろうな。」と思った。
2012年秋
 国有化されて公的に立ち入り禁止区域となった尖閣諸島に、トクマとかいう幸福の科学の会員が踏み入るという刑事事件が起きた。
 「ある組織に犯罪者がいた!」なんていうのは日常茶飯事なので、この時は幸福の科学グループへの評価を私は下げなかった。
 ところがしばらくしてトクマはその鉄砲玉精神を評価され、幸福実現党の幹部になったのである。
 カルトが内側に向けていたその牙を、外部に向け始めた瞬間であった。
 しかも『ジョーズに勝った尖閣男』(http://d.hatena.ne.jp/gureneko/20121124/1353766684)なる本が出版され、その中で大川隆法氏は立木秀学氏を法律を覚えまくって雁字搦めになっている人物として批判し、法律から自由なトクマを褒めていた。
 これにより、トップから末端まで日本の法よりも自分達の身勝手な主張を優先する集団だと判明した。
 ただし、独自の論理で国法に抗い続けた政党としては過去にも「新党フリーウェイクラブ」等が存在していたので、「こいつらだけは絶対に許せない」という所までは評価を下げなかった。
 点数は25点ぐらいになったと記憶している。
 そして立木秀学氏への評価は一気に向上した。「頑張れ立木秀学幸福実現党の中で名誉総裁の暴走を制御しろ!」(関連記事→http://d.hatena.ne.jp/gureneko/20130502/1367425679
2012年冬
 立木秀学党首が辞任した。同時に、しばらく名誉総裁に退いていた大川隆法氏が総裁に復権した。
 着々とカルト度が進むと予測した。
 22点。
2014年冬
 総選挙で全敗するも、それまでの慣例に背いて釈量子党首は辞職せず。
2016年夏
 同じく総選挙で全敗するも、釈量子党首は地位を保持。
 これを「総裁に贔屓されているから」という理由だけで説明する者も多かったが、それだけならもっと前からずっと釈氏が党首だったはずだろうと思った。
 この選挙の公職選挙法違反でテレンス・リーが逮捕され有罪となった。
 大川隆法総裁は「テレンス・リーなんて知らない」と聖ペトロめいた主張を繰り返したので、2012年のトクマ昇進の頃より社会性を身に着けたのかと一瞬だけ思った。
 しかしそれまで批判していなかった公職選挙法を今更大々的に誹謗するという、実に格好悪い行動に出たので、もう「新党フリーウェイクラブという前例もある」という庇い方すら出来なくなった。
 弱小政党は、自民党の剥き出しの財力の脅威から公職選挙法で守って貰う立場の存在である。その自分達の貴重な盾を、いざ自分達が一回だけ損をしたという理由で急に誹謗し始めるというのは、実に醜い。
 今まで自分の味方だった法律を、いざ自分が裁かれる側に回った途端に誹謗する事がどれだけ格好悪く、その逆の態度がどれだけ格好良いかについては、商鞅ソクラテスという二人の人類の教師がそれぞれ命懸けで実演をしてくれた事で、後世の常識となっている。
 ここに至って評価がついに0点となった。
2018年新春
 2016年頃から幸福実現党の金が幸福の科学の本体に帰還していたという情報を知った(http://d.hatena.ne.jp/gureneko/20180128/1517142281)。幹部も次々に本体に回帰している様であった。
 総選挙で負けても党首が交替しなくなったのも、「大川隆法氏から政党への梃入れの動機が激減した」とか「他の大幹部が党首就任を婉曲に断る様になった」等の理由もあるのだろうとも考えた。
 そして、そろそろ幸福実現党への積極的な観察を中止しようと考えた。
 連中を観察し続けたのは結局無駄な時間だったのかもしれないが、国防・防災・病気予防・保険等と同じく、こういうものは努力の「掛け捨て」こそが最大の勝利である。