幸福実現党の監視の思い出【総論篇】

 半年程前に幸福実現党の監視及びその手段としての幸福の科学の観察を近々終えると発表した(http://d.hatena.ne.jp/gureneko/20180128/1517142281)が、今日をもって本当に定期観測を終え、党員・信者・アンチのブログのうち、幸福の科学ネタが中心のものをブックマークから外した。今後は偶然幸福の科学ネタに出会った時だけこの話題を語ろうと思う。
 これは一応は勝利宣言の部類に入るのであろうが、実現党衰退において私の果たした役割は微々たるものであるので、達成感の様なものは何もない。真の勝利者有権者である。
 ミクロの視点では、私の記事によって足抜けが出来た人やそれが早まった人や入信・入党の一歩手前で踏み止まれた人も何人かいるかもしれないが、初めからそれを目指すのであれば立木秀学氏(http://d.hatena.ne.jp/gureneko/20120519/1337435106)やトクマ氏(http://d.hatena.ne.jp/gureneko/20121124/1353766684)や加納有輝彦氏(http://d.hatena.ne.jp/gureneko/20130306/1362560923)といった実現党の有力者を批判する労力を、大川さやか氏等の批判に使った方が効率が良かったであろうから、やはり誇るには足りない。
 ただし、得たノウハウはそれなりにあるので、全くの無駄だったかといえばそうでもない。
 最大の収穫は、「マスコミは、これから大きくなる予定の政治家を余り叩いてはくれない」と判った事である。
 幸福実現党が最初に選挙に出た時、「諸派」でありながら多数の立候補者を輩出した。だがマスコミはこれをほぼ無視した。
 信者達は「これだけ立候補しているのに諸派扱いは酷い。これは敗因になる(なった)。」と主張し、アンチはその態度をせせら笑うというのが、当時のネットの雰囲気であった。
 だが私は、信者とは別の理由でもっと実現党に取材して欲しいと思ったものである。教団の内情が暴露されれば、ますます実現党が落ち目になった可能性もある。とりあえずどこでもいいから大手マスコミが教団を取材し、その情報をどう活かすかは有権者に委ねるというのが、理想的な姿だと思ったものである。
 とはいえ、そもそも一議席も持たない連中が数百人の候補を擁立する等という事態はマスコミも想定外であったろうし、直前になって取材の資源の配分の内部ルールを泥縄式に変えるわけにもいかなかったであろう事は想像がついた。
 それで、「それなら私が微力を尽くそう。」と思ったのが監視の始まりであった。
 幸いにも幸福の科学は反ファシズム運動の練習台で終わったが、いつまた類似の手法でもっと賢い団体が政権を狙わないとも限らない。
 「既存の政党への批判は忙しい時はマスコミ任せでも何とかなるが、初登場の大勢力については個々人が立ち上がらなければならない。」という教訓が、実現党監視において一番意味のある教訓であったと思う。
 そして私の見る所、現代日本の情勢はファシズムに力を与える条件が整いつつあり(http://d.hatena.ne.jp/gureneko/20180504/1525415989)、この教訓の価値は10年前よりも高まっていると思う。
 「幸福実現党の監視の思い出」と題しながら、最初と最後の話題に特化した内容になってしまったので、半ば惰性で続けた数年間の監視の思い出については、時系列の形式でもう一篇書く予定である。