頼念房、最期の事(挿絵・友人某)

 崇道帝の御宇の事ぢゃ。いや、それとも三日前の事ぢゃったかのぅ・・・。ともかく、今よりは昔の事ぢゃ。
 樺太前司土岐幸俊の長男は、いつも妹と双六ばかりしていたそうぢゃ。そこで幸俊は長男の将来を心配して、少なくない寄進を代償に、若者を更正させるのが得意な頼念房という仁井寺の名高い僧を連れてきたのぢゃ。
「やぁ、今日から君の担当となった頼念房だ。ほう、これは双六だね。私も俗人として大学寮にあった頃はバックギャモン研究会の会員だったものさ。よし、これで遊びながら僕と話そう。」
「大地の始まりには、陰陽を象徴する一対の兄妹のみが存在していて全ては停滞していたという。だが二匹の鶺鴒(一匹の蛇とする説もある)というバグが予測不可能な「歴史」を始動させた。無覚悟に我が父に左袒した汝頼念房は如何なる未来を期せずして呼び起こすことやら・・・。ジョゼフィーヌ、席をかわってあげなさい。」
「双六は楽しいかい?もし良かったら、その楽しさを語ってくれないか?」
「双六の賽の目に象徴される不確定性、賀茂川の水の流れに象徴される物理法則、山法師に象徴される諸行無常すなわち乱雑さの増大、これ等は如何なる王法をもってしても決して打ち倒す事は出来ないだろう。顕在化された偏在者と戯れる事で、僕は自由を味わっているのかもしれない。この盤は宇宙でもあり、宇宙はこの盤でもある。」
 長男の回答の意味が良く判らなかった頼念房は、ここで少々不安を感じながらも、マニュアルに従って会話を進めたんぢゃ。
「何だか凄そうな楽しみ方だねぇ。ところで、今日中に確実に死ぬとしたら、君は何をする?」
「死の恐怖を紛らわすため、双六に没頭する。」
「じゃあ、一ヶ月以内なら?」
「同じ理由から、双六に没頭する。」
「一年なら?」
「同じく、双六。」
「・・・十年なら?」
「双六。」
「ひゃ、百年なら?」
「うるさい坊主だ!見て判らんか!双六だ!」
 長男は、堅くて重くて角の尖った双六盤を、物凄い速さで頼念房の額をめがけて投げつけたそうぢゃ。
 昔から、最近の興奮し易い若者を舐めてかかった者は、碌な最期を遂げぬものぢゃ。
 しかしジョゼフィーヌはこの問答について何の責任も無かったというのに、お気に入りの洋服に大量の返り血が付着してしまったとの事ぢゃ。哀れよのぅ。