「本当は強い日本」や「本当は弱い中国」といった内容の書籍は、本当に日本のナショナリズムを鼓舞するだろうか?

 「本当は強い日本」や「本当は弱い中国」といった意味の題名・内容の書籍群が流行しているらしい。書店といえば原則として古本屋ばかり行く私ですら、通りすがりの通常の書店の店頭で何度かそういう類の書籍が山積みになっているのを見た事がある。
 この現象を、日本のナショナリズムの勃興を怖れている人々は概ね憂いているようであり、勃興を目指す人々は概ね歓迎しているようだ。
 しかし私は、こういった内容の本が本当に日本全体のナショナリズムを高める方向に作用するか、疑問に思っている。
 こうした書籍がナショナリズムと無縁とまで断じているのではない。ナショナリズムに目覚めた人々がああした本を買い漁っているとは、思っている。だがそれは、ナショナリズムを「因」とすれば本の売れ行きが「果」であるという話である。こうした本の売れ行きを「因」として如何なる「果」が現れるか、まだ私は判断を保留しているのだ。
 念のため言っておくが、判断を終えた人を批判しようとしているのではない。あくまで、私が判断を保留していて、その理由は何かを表明するために、この記事は書かれた。
 
 たとえ話をする。
 
 昔、Nさんの狩っていた獰猛な大型犬「リク」が、近所の中島華子さん(仮名)を噛んで大怪我をさせてしまった。
 Nさんは謝罪してリクを殺処分にした。賠償もしようと考えたが、中島家の家督相続争いの余波で、債務は消滅した。それでもお金をあげようとすると贈与税等の手続きが面倒になるので、Nさんは中島さんに超低金利で金を貸す事で、事実上の賠償をした。
 更にNさんは中島家への誠意を示すため、しばらくは犬を飼わなかった。しかし町内会長が町の治安のためにも飼ってくれと煩く言ってきたので、「A太」を飼い始めたが、敢えて小型犬を選んだ上で、頑丈な鎖に繋いだ。
 華子さんは成人して強くなり、Nさんから低金利で借りた金を運用して今ではNさん以上の大金持ちになった。用心棒として角海才郎(仮名)という屈強な男性まで雇ったらしい。
 そうであるというのに、華子さんはやたらとA太に脅える姿を見せつけてきた。当初は罪悪感で一杯だったNさんだが、脅え方が余りにも白々しいので、段々と華子さんが当たり屋に見えてきて、怒りが湧いてきた。
 そんな時、御近所さんがこんな話をしてきた。
「中島さんって羽振りは良さそうだけど、あの人の会社、十年後には仕事が消滅しているわよ。あと角海さんて警察からずっと監視されている前科二犯の元凶悪犯で、何かの揉め事であの人に頼ったら、中島さんは到底この町には居られなくなるらしいの。話は変わるけど、御宅のA太ちゃんの品種、小型犬だけど狼の血を引いていて、本気を出すととっても獰猛なんですってー。」
 
 この御近所さんの話を聞いたNさんの立場になった時、確かに「今後は中島さんに対して強気に出よう」と考える人も居るだろう。しかし一方で、「そうか、そんな事情があったのか。中島さんを逆恨みしていた自分が恥ずかしい。」と考える人も多い筈だ。どちらの性格が日本の多数派であるか、私には判らない。