葛兆光教授講演会 「“中国”とは何処か?」

 東京大学東洋文化研究所に、「“中国”とは何処か?」という講演会(http://www.asnet.dir.u-tokyo.ac.jp/zh-hans/node/7044)を聞きにいきました。
 東洋文化研究所という場所と、この講演会の題名から、私は参加するまでは、てっきり講演者は『『春秋』と『左伝』―戦国の史書が語る「史実」、「正統」、国家領域観』(中央公論新社・2003)等の著作でお馴染みの平勢隆郎氏の見解に対して賛成または反対の論を展開しに来るのだろうと、勝手に思い込んでいました。
 しかし実際には、現代において中国史を研究する際に、多義的な「中国」という概念をどう扱うべきなのか、という話でした。
 一般の中国人の、国際的に見て特異と言わざるを得ない領土概念については、日本では批判の的です。しかし士大夫と民の知力の差の大きさは中国の伝統の一つです。葛教授は、旧来型の中国のナショナルヒストリーが、台湾・チベット・東北等に関して再考を迫られている事を事実として認めていました。
 そしてその上で、かといって欧米における『想像の共同体』的な論法を機械的に当て嵌めると、近代以前から続く車両の幅や文字や倫理の共同体の実在を見失ってしまうのではないか、というのが、大体の趣旨でした。
 私は終盤まで、「きっと葛教授は、中国でも指折りの国際派に属するのだろう。」と思っていました。ところがこんな講演をする葛教授の中国観ですら、なんと中国の歴史学界では保守派に属しており、最近の若い研究者の中には想像の共同体論を振りかざして中国という単位の存在を認めない欧米かぶれが、数多くいるとの事でした。これは流石に驚かされました。
 一部の日本の雑誌や研究者が馬鹿にしている所謂「中国人の歴史観」の存在が、全て嘘だとは思いません。あれはあれで、非インテリの信念の集積なのでしょう。インテリと非インテリの両方を知っておかなければ、中国について大いなる誤解をしてしまいます。当然その誤解は、中国市場における日本企業の失敗という形で、日本人の富を間接的に削ります。せめてビジネス情報誌だけでも、しっかりこの「二つの中国」を併せて紹介していって欲しいものです。
 その他、本筋以外で面白かったのは、台湾のナショナルヒストリーの創造を目指した杜正勝氏が創った地図の紹介でした。台湾を中心に置き、その辺境に中・日・比が置かれていました。目指す方向は正反対ですが、網野善彦氏が環日本海諸国図を『「日本」とは何か』(講談社・2000)で紹介したのと似ていますね。実に地図というものは、中心をどこにおいてどの方角を上にしてどの程度の面積を切り取るかの三つを変えるだけで、通念と全く違った世界観を提唱出来ますね。

定本 想像の共同体―ナショナリズムの起源と流行 (社会科学の冒険 2-4)

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日本とは何か  日本の歴史〈00〉

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