「目先の弱者を救うために自由を放棄すると、長期的に見て却って弱者の不利益になるから、自由主義を守るべきだ」論の反対者の全員が、論を理解せずに反対しているというわけではない。

 「目先の弱者を救うために自由を放棄すると、長期的に見て却って弱者の不利益になるから、自由主義を守るべきだ」論については、私自身は賛同している。
 しかし賛同者の同志達の中には、「反対者は単にこの高度な論理を理解出来ない馬鹿者だから反対しているだけであって、頭が良くなれば自然に転向する」と思い込んでいる者がいる。確かにそういう類系の反対者もいるのだが、世の中にはこの論法を理解した上でなお反対している者もおり、また私がその人の立場なら反対していたであろうと思える立場の人も大勢いるのである。
 そういう人々だって存在するという事実を同志達に理解して貰うため、以下の様な話を作った。
 
『百年後のキャセイ国』
 あるパラレルワールドが舞台である。
 ある自由主義国との大戦争に敗けたキャセイ国では、占領軍の指導の下、極端に自由主義的な憲法が制定された。独裁政権下の不自由に苦しんでいた人々は諸手を挙げてこれを歓迎した。
 しかし、行き過ぎた自由主義の弊害を告発する声も次第に高まっていった。
 ある日、自分では虫一匹殺せないような連中が集まって、どうせ採用されない意見である事を承知しながら、「政府は日本人を皆殺しにすべきだ!」と主張するデモを行った。
 
日本人「やれやれ、実に不愉快な言論を聞かされたものだ。思えば昔のキャセイ国は良かったなぁ。ああいうデモは独裁政権が全部取り締まってくれたからなぁ。」
老人「まったくぢゃ。ああいうデモは同じキャセイ国人から見ても不愉快ぢゃ。今すぐ独裁に戻せとは言わんが、せめて現状と独裁の中間である戦う民主主義国ぐらいには揺り戻して欲しいものぢゃ。」
エリート「今、お二人の期待に応えられそうな法案を一生懸命作っているので、お楽しみに。」
自由原理主義者「皆さん、何て事を言うんですか。ああいうデモを禁止する法律を作れば、確かに今は良いでしょう。しかし長い目で見たならば、権力者はそうした法律を恣意的に運用して、不自由な世の中を作ってしまうでしょう。そうなると却って住み難い社会になりますよ。そんな事も解らないのですか?」
日本人「そんな事ぐらい判りますよ。でも最大多数の最大幸福にとってどうであるかはさておき、私個人にとっては不自由でも大々的に差別されない社会の方がマシですから。それに私はいざとなったら別の国に移住する予定なのです。私を説得したかったら、別の論理を考えるなり、永久出国禁止令でも出してみなさいよ。」
老人「儂の計算では、目先の利益を重視したせいで長期的に見て損となるまで、二十五年かかる。一方、儂の余命の推定値は二十年ぢゃ。儂を説得したかったら、別の論理を考えるなり、若返りの薬でも発明することぢゃな。」
エリート「恣意的な法の運用で反対者を弾圧出来るなら、私にとってはまさに一石二鳥です。私を説得したかったら、別の論理を考えるなり、私を没落させてみる事ですね。」