以前、『蟹工船』が既に著者の意図した役割は終えているという内容の日記(http://d.hatena.ne.jp/gureneko/20080327/1206606500)を書いたら、その直後に空前の『蟹工船』ブームが到来し、大いに恥じ入った(http://d.hatena.ne.jp/gureneko/20080503/1209764576)。
さて、渋谷シネマライズhttp://www.cinemarise.com/で、2009年制作の『蟹工船』と1953年制作の『蟹工船』を上映するという面白い企画が試みられている。
旧作の上映は、7月24日まで続けられるとの事である。著作権が切れているせいなのか、旧作は大人も1000円で鑑賞出来、しかも旧作を鑑賞すると新作が割引となる。
私はその企画に乗せられた一人である。折角なので見比べた感想等を書いてみようと思う。
※旧作
労働者達は虱だらけのよれよれの服を着ており、原作に有った「不潔さ」をかなり忠実に再現している。
ただ原作でのその不潔さを活かした「献上品」のエピソードが出てこない。皇室批判が盛り込まれていないのは、流石に躊躇・萎縮したのだろうか?それとも戦後社会では皇室が資本家の総大将という主張が既に現実味を失っていると考えられたのか?
一部の漁師がソ連に漂着して赤化教育を受けるという話は、完全に削られていた。冷戦時代だから、まあ仕方が無い。
原作ではストライキの代表者達だけをスマートに連行していった海軍は、なんと労働者を鎮圧するためかなり無差別に数名を銃殺をする。戦争直後という事もあり、反軍感情が漲っていたのであろう。
しかもここでいきなり「終」となる。原作と比べてかなり後味が悪い、救い様の無いラストである。
※新作
労働者の服装は現代の若者が感情移入し易そうなファッションになっており、不潔感も少ない。
浅川が自国を「帝国」と呼称しており、「海軍」があって「中佐」がいる等、何となく戦前風の雰囲気は出ている。ただし戦前なら「地賣」と書かれたであろう立て札には、戦後風に「売地」と書かれている。
「引き篭もるな!」等、現代社会を風刺する発言も有る。
前半のかなりを費やし、宗教による解決を否定している。ある意味では、原作以上に過激である。
主人公が「ロシア船」に救出され、色々教わる場面がある。明確に「ソ連」とは呼ばれておらず、教わる内容も露骨な共産主義ではなかったが、ともかく昔は映像化が難しかったであろう場面が曲がりなりにも描かれたのは望外の喜びである。
「献上品」の話は今作も無し。服装にも船の内装にも不潔感が少ないのだから、これは確かに下手に盛り込んでも意味は無いだろう。
ストライキ後に登場する海軍は、権威を見せびらかす役割だけ果たしてそれ以上の事はしない。その権威を背景に、浅川が直々に代表者である主人公一人を射殺する。
これで一応終わるのだが、戦いはこれからだという原作風の雰囲気は残される。
※まとめ
外見から来る第一印象だけだと、旧作の方が原作に忠実だと思えてしまう。新作を流行に乗せただけの作品に違いないと決め込んで食わず嫌いをしている方も多いかと思われる。
しかし実際にこうして仔細に比較してみると、入り口を広くした新作の方からこそ、強いメッセージ性が感じられた。
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