テレビゲームの弊害――未来ある子供達へのメッセージ

「青少年の間でこの社会を適切に運営し続けるには弊害であると思われる一群の思想傾向が流行しており、その主たる原因はテレビゲームのせいだと、一部の識者は指摘しています。本日は『恐怖のゲーム思想脳楼閣』の著者、毛利安芸守先生をゲストに御招きしております。安芸守先生、よろしく御願いします。」
「よろしくだのと悠長な挨拶をしている場合じゃないよ。そもそも進駐軍が将棋を禁止しようとした時にだねぇ。」
「遮る形になりましたがまずはVTRを御覧下さい。」
「他者に人格の存在を認めていた頃は、理不尽な仕打ちを受ける度に不愉快になったものさ。でもこのゲームの主人公がゾンビに噛み殺される場面を厭と言う程見続けている内に、分かったんだ。不良とか野良犬とか隕石とかはどれも所詮自然現象であり、憤る暇が有ったら回避能力を磨けばいいんだってね。(元苛められっ子・10歳)」
「この空間世界は第一次ゲームだ。第一次ゲーム内に無数の第二次ゲームがあり、間接操作で更にもう一体の肉体を動かす事もある。私は第一次ゲームでまだ一機も死んでいないので、コンティニュー等の制度が在るかどうかは未だ良く知らない。(予備役の空軍中佐・44歳)」
 ゲームが青少年に与える影響を危惧する輿論は、その経緯は他の多くの集団的熱狂と同様に不明だが、やがて一人の高跳びの上手な男への敵意に満ちた批判へと収斂されていった。
 ゲーム思想脳対策タウンミーティングの最中に興奮は最高潮に達し、その場にいる全員で「あの男」の楼閣に押し掛けようという雰囲気が出来上がった。
 興奮しきっていない参加者の中には、高跳びの世界的名手を失う損失を危惧し、過激な行動を諌める声もあった。しかし当時青少年健全育成委員会の委員長を務めていた鮮于一は、批判対象よりその弟の方が更に高く跳べると知っていた事もあり、強硬に主張した。
「デモクラシーの栄光は、青少年を堕落させていたソクラテスを皆で協力して殺した事に始まるのです。」
 暴徒達は目的の楼閣に迫った。ゲームが産む巨万の富によって建てられた楼閣は贅が凝らされ、広大な庭にはレーシングカート用のサーキットまで造られていた。暴徒達は一瞬の間怒りを忘れて驚嘆したが、直ぐにその驚嘆は嫉妬に変わり、怒りの感情は一層強くなった。
 バルコニーの欄干の向こうに、その男はいた。
「出来損ないのサダム=フセインみたいな容姿をしやがって!何様の積もりだ?」
「こいつイタリア系移民だから、マフィアと繋がっているに違いない。」
「扉を破って雪崩れ込めー!」
 男は危機を察すると、全世界のゲーム機を結ぶ回線を利用して子供達にメッセージを伝えた。
「未来ある少年少女諸君に最後の呼び掛けを行う!逆に言うと、この呼び掛けを聞いている諸君には未来が有り、聞けなかった連中には未来が無い!諸君も知っての通り、この世界には既に未来が無い!どう足掻いても経済は回復しないし、資源は遠からず尽きるし、環境も悪化の一途を辿るだろう。万策は尽きたのだ。だから私と共に、私の提供する新たな世界に来い!その新たな世界は当面緑が豊かであるし、いつかそこが荒れ果てても更に次の新たな世界が待っている。数万年前のこの世界の人類もそうやって地表を渡り歩いたのだ。人類は斯くあるべき存在なのだ!子供達よ!いざ、ハーメルンを出でよ!」
 その時、バルコニーに暴徒が乱入してきた。男は楼閣の隣の塔に跳び移ろうとして足を滑らせ、墜落死した。
「という夢を見たのさ。今後似た様な状況に陥った時の良い予行演習になったぜ。」
「私も兄者と同じ光景を見た。だからあれは現実だ。」
「じゃあきっと偶然同じ夢を見たんだな。そうでなければ、死者が蘇った事になり、非現実的だ。」
「兄者は何度でも蘇るのさ。兄者こそ全世界の子供達の夢だからだ。そして多数ではあるが無限ではない様々な死に方を、それぞれ未来永劫繰り返し続けるのだ・・・。」