マムシにも三分の理

 先日の記事(http://d.hatena.ne.jp/gureneko/20120220/1329699704)で紹介した、唐沢俊一氏が『西遊記』に出てくるサソリをマムシと間違えたという唐沢俊一検証blogの記事のコメント欄(http://d.hatena.ne.jp/kensyouhan/20120218#c)の2012/02/21 03:08のコメントにて、id:kensyouhan氏は、唐沢氏が参照した曲亭馬琴の訳では「マムシ」となっていた可能性に言及していた。
 私の興味はこのコメントで更に深まったので、某施設にて馬琴訳の西遊記が収録された本を借りてきた。

 巻末を見ると、これは『水滸傳三 西遊記全』という題名になっている(正確には「遊」のしんにょうの点は二つ)。なんと[非賣品]とされ、値段は付されていない。「編輯者兼發行者」は「國民文庫刊行會」との事。初版の発行は大正二年一月二十五日であり、私の手元にあるこの本は大正三年二月十五日に発行された再版との事である。

 467ページを見ると、確かに「蝎子」に「まむし」という仮名が振られていた。原本にも同様の振り仮名が在ったか否かは不明であり、そしてこの「まむし」が現代の「マムシ」とほぼ一対一の対応関係にあるのか否かも私には判断しかねるが、少なくとも馬琴の訳の西遊記として過去の日本で出版された書籍の中で「蝎子」に「まむし」という仮名を振ったものが存在した事だけは確かである。
 現代の研究成果に立脚した訳を参照しなかった唐沢氏にはやはり落ち度があったと言わざるを得ないが、それなりに酌量の余地もあった事がこうして判明した。
 因みにこの本の振り仮名については、他にも色々と興味深い箇所がある。例えば八戒は「猪」の妖怪であり、本来中国語ではこの字は現代日本語でいう「ぶた」を指しているのだが、「ゐのしゝ」と仮名を振っている(261ページ等)。
 振り仮名については、このシリーズの第一巻である『水滸傳一』を読めば、あるいは何か新発見があるかもしれない。その場合は追加報告をする所存である。
 さてそうなると、あるいは「金角銀角や牛魔王など他の妖怪は三蔵を捕らえて食べちまおうという食欲の妖怪だが、」もひょっとしたら馬琴訳では正しいのかもしれないと思えてきた。そこで一応調べてみたのだが、315ページの金角大王銀角大王に対し三蔵法師を捕らえるよう命じている発言を読むと、金角はやはり長寿の手段として三蔵の肉を欲していた。また492〜502ページの牛魔王との戦いの個所を読んでも、牛魔王が三蔵を食べようとした形跡は全く存在しなかった。

西遊記(10冊セット) (岩波文庫)

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唐沢俊一のキッチュの花園

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