未来を予知したかの様なホラーアンソロジー、井上雅彦監修『屍者の行進』(廣済堂出版・1998)

屍者の行進―異形コレクション〈6〉 (広済堂文庫)

屍者の行進―異形コレクション〈6〉 (広済堂文庫)

 井上雅彦監修の異形コレクションシリーズは、毎回単一の主題の下で複数の作家が書いた短編ホラーを一冊に纏めていくものである。競争意識が働くためか、収録作品にはかなり頭を捻って書かれた作品が多く、参考にしやすい。また比較対照という点でも非常に勉強になるシリーズである。私は古本屋でこのシリーズの未読の巻を発見すると、原則として購入する事にしている。
 そうして先日入手したのが、西暦1998年に出版されたこの『屍者の行進』である。
 前半は普段の巻とほぼ同じ程度の面白さだったのだが、後半はかなりの名作揃いであったので、紹介したい。
 まずは263ページから始まる「虫だすく」(加門七海
 「悪い女に唆されて受動的に悪事を重ねる男性」を描いている。そしてこの女を一言で表現すると「首」なのである。よってどこからどう見ても坂口安吾の「桜の森の満開の下」へのオマージュなのだが、発表が坂口の著作権がまだ消えていない時期に行われたものなので、解説文は敢えてその件の説明を避け、おそらくはフェイクの情報として岡本綺堂からの影響のみを書いている。
 読めば読む程味わい深く、「坂口が本当に描きたかった世界は、寧ろこっちなのではないかな?」とすら思ってしまった。
 なお本書が出てからしばらく経った2002年、性的魅力や弁舌等を駆使して周囲の人間に罪を犯させ、その事によって相手を支配下に置くサイコパスの存在を、日本人は北九州監禁殺人事件の発覚で現実に強く知る事となる。本作はともかくとしても「桜の森の満開の下」については、現代人はかなり現実味のある作品として受容しているのではあるまいか?
 次は351ページから始まる「肉食」(北野勇作
 一見すると正統派のゾンビものである。しかしやがてゾンビが製造され一部の家庭で密かに飼いならされている理由の一つに、「年金の不正受給」問題がある事が明らかになっていく。こうした動きは年金システム・国家システムの腐食を一層促進させる。そして終盤で、ある登場人物が「この国自体がもうだいぶ前から死んでるようなものだったんだから。それを無理やり動かしてただけなんだもん。」と言い放ち、この作品における本当の意味での「ゾンビ」が社会そのものであった事が明らかになるのである。これは凄い!
 もしこれが「高齢者所在不明問題」がクローズアップされた2010年以後において書かれていたとしても、かなり見事な発想であると評価出来るだろう。それがその十年以上前に書かれているのである。これはもう「予言」の範疇に入れて良いのではあるまいか?
 続いて紹介したいのが、373ページから始まる「黄沙子」(村田基
 腐乱死体を生者だと思い込んだまま同居していた主人公が、殺人容疑で警察に逮捕される場面がある。この主人公の台詞には、「今すぐ連絡して解剖はやめるようにいってください。そうでないとほんとに死んでしまう」というものがあった。
 これも1999年の「成田ミイラ化遺体事件」の予言そのものである。
 最後は469ページの「死にマル」(岡本賢一
 冒頭、主人公の所へ、人口調整処理省から背広姿の死神がやってきて、死を通告する。ここで読者は、これはもうオマージュを通り越してそのまま星新一の「生活維持省」の発想の剽窃ではないか、と一瞬だけ思わせられる。しかしそこから先がまるで違うのである。なおここでも残念ながら解説文は星新一の名を出さず、ヘンリー・S・ホワイトヘッドという少なくとも現代の日本人にはマイナーな人名を無理に登場させ、誤誘導を行っている。
 これも単に名作であるのみならず、2004年に始まった、「生活維持省」の発想に酷似した『イキガミ』の先駆的作品と言えなくもない。
 このまるで未来を見通したかの様な四作品には、ホラーとは別の意味で背筋を凍らされた。
 今までの私は読み終えた異形コレクションシリーズをすぐ他人にあげていたのだが、この巻は例外的に保存する事にした。十年後に、別の作品の「予言」も成就しているかどうかを確認するためである。
 なお、一つだけ残念だったのは、513ページの誤記(誤植?)である。ここでは「四人の戦士」が紹介されるのだが、「北のコーナーの戦士」・「南のコーナーの巨漢」・「西の戦士」が紹介された後に、「そして、西の戦士は、」という紹介文が始まっている。これは明らかに「東の戦士」の間違いであろう。
桜の森の満開の下・白痴 他十二篇 (岩波文庫)

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消された一家―北九州・連続監禁殺人事件 (新潮文庫)

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ボッコちゃん (新潮文庫)

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