瀬地山角著『お笑いジェンダー論』(勁草書房・2001)は、三流でも一流でもない。

お笑いジェンダー論

お笑いジェンダー論

 本書は、三流のジェンダー論に有りがちな「どこかに悪い奴がいて、そいつらを排除すれば理想の社会が成立する」といった態度を越えた作品と評価できる。例えば、「男性差別」の実態も告発しているし、専業主婦問題についても、まずは個人の自由な選択を尊重した上で、日本の労働力と財政の都合上その立場に税制上のインセンティヴを与え続ける事が望ましくないと説いているのである。
 一方で、まだまだ物足りないと思える個所もあった。
 28〜30ページでは、前述の「男性差別」の例として、「ハゲ差別・チビ差別」が語られている。禿頭の男性への差別が存在する事実自体は、私も否定しない。だが本当に酷い禿差別は、女性に対して向けられている。禿の男性が町を出歩いて公共の交通機関を利用しても誰も驚かないのに対し、禿の女性がそれをやると直ぐに奇異な目で見られるだろう。「貴様はその禿を恥じて隠せ!何故なら髪の毛があるのがスタンダードだからだ!」という圧力は、男性よりも女性に強く向けられているのである。その構造に多くの人が気付かないのは、大半の禿の女性が圧力に屈しているため差別の視覚化がほとんどなされないからだ。一般人が視覚化された禿の男性への差別にばかり目を向けるのは仕方が無い。しかし著者は仮にもジェンダー論を専攻する学者である。隠された構造を見抜き、それを告発する事こそが使命であろう。
 また114〜117ページは、事実婚主義者だが相手の希望に合わせて節を曲げて法的な婚姻届をしようとした「私」が主役の物語である。彼は婚姻届の用紙に「証人欄」がある事に疑問を持つ。そして「ちょっと待て。憲法二四条は「婚姻は両性の合意にのみ基づいて成立」すると定めている。」と書いている。これは二重に残念である。第一に、憲法第24条の該当個所と思われる部分の記述は正しくは「婚姻は、両性の合意のみに基いて成立」である。著者がわざわざ鉤括弧まで使って引用であるかのように書いた部分は、元の法文と比較して、読点が欠落しているし、送り仮名として「づ」が勝手に加えられているし、「のみに」が「にのみ」に改変されているのである。第二に、彼の論法は憲法の「婚姻」の必要十分条件民法の「婚姻」である事を前提としている点で、「節を曲げ」過ぎである。本物の事実婚主義者なら、「見よ!こんな用紙を使用しているという事は、日本国憲法の「婚姻」が民法の定める「婚姻」以外の事実婚をも包含する事を、既に日本国は認めている事になるぞ!」等の論理を思いついて、闘争の場で活用していくべきであろう。
 当初私は、本書を批判するか否かで迷った。「三流フェミニズム退治に貢献している書籍の権威を下げて良いものか?」と。だが三流フェミニズムの跳梁跋扈もまた、「四流の差別主義退治に貢献しているから、敢えて野放しにしておこう。」という、一昔前の人々の判断がもたらした結果であろう。そう考えると、「一時的に世を乱す事を心配して批判すべき個所を見逃すのは、単なる世代エゴではないか?」と思えてきたのである。こうして部分的な批判に踏み切った。
 以下、本筋以外で気になった問題点も幾つか紹介しておく。
 21ページ、札幌市が都会である事を強調するために「未だに「熊が出る」といったイメージを持つ人がいますが、「熊出没注意!」なんて変な土産物をあちこちで売っているからです(笑)」と書いているが、実際に今でも札幌市内には熊が出没して危険なので笑い事ではない。本書が刊行された2001年の5月にも、札幌市南区に山菜を採りに行った同市豊平区の男性が熊に食殺される事件があった。第1章(3〜58ページ)の初出は2000年3月らしいが、35ページでは『日経ウーマン』2001年8月号を資料にした加筆を行っているのだから、熊に関しても何らかの配慮をすべきであった。本書を読んで気を強くした人物が札幌市内で無謀な行動を採らないように、ここで警告しておく。
 65ページ、アニメ版の『セーラームーン』について「もちろん闘う目的が「ピュアな心」のためだったりするところが、「地球の平和を守る」ための男の子向けと違う点である。」と書いている。「ピュアな心」の争奪戦が行われたのは『セーラームーンS』だが、これは著者が想像するような人類の精神をめぐる闘争ではない。多くのピュアな心の中にタリスマンが紛れ込んでいたから、前半ではそれを欲してデスバスターズやセーラーウラヌスセーラーネプチューンがピュアな心を求めて活動していたのである。そしてピュアな心を奪われたままだと人はやがて死に至るから、セーラームーンとその仲間達は人々の命を守るために彼等の活動を妨害したのである。また後半でデスバスターズがピュアな心を集めようとしたのは、直接的には「沈黙のメシア」ことミストレス9を復活させるためであり、その最終目的はファラオ90を呼び寄せる事であった。この計画は地球の平和にとって危機的なものであった。よって『セーラームーンS』は、やはり地球の平和を守るための闘いを描いた作品なのである。
 同ページ、「さらにはピンチになるとときどき(年上の男性である)「タキシード仮面」がでてきて救ってしまうあたり、性役割を踏襲していてウームと思ってしまうが」とある。まるで『セーラームーン』第13話「ジェダイトの最期」のジェダイトの様な浅薄な見解である。そして、タキシード仮面の助力が危急の際の補助的なものに過ぎず、セーラー戦士達は男に頼らずとも敵幹部を倒してしまえるという事は、この第13話で既に証明されているのである。加えて一話登場型の雑魚との闘いですら、原則として最後の一撃はセーラームーンが加えている。著者の論法を使うと、アンパンマンのピンチにバタコがアンパンマンに新しい顔を与え、その直後にアンパンマンがアンパンチで事件を解決する事が多い『アンパンマン』は、「ピンチになるとときどき(年上の女性である)「バタコ」がでてきて救ってしまうあたり、性役割を」反転させている作品だ、という事になってしまう。
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