悪魔がイエスに見せたとされる「全世界の国々」について考えた。

 『新約聖書』によれば、悪魔はイエスに全世界の国々を見せて、それを与えようという誘惑を行ったとされている。
 全世界を与えるとはまたとんでもない話に思えたので、私は長らくこの悪魔について、全くの架空の存在であるか、さもなくば人智を超えた存在であかの、どちらか一方であると決め付けていた。
 だが昨日原文を確認した所、面白い事に気付いた。この「全世界の国々」は、『マタイによる福音書』では確かに"πάσας τὰς βασιλείας τοῦ κόσμου"とされているのだが、『ルカによる福音書』では"πάσας τὰς βασιλείας τῆς οἰκουμένης"とされているのである。
 私が所持している『Pocket Oxford Classical Greek Dictionary』で調べた限りでは、後者は「文明化された世界の全ての国々」というニュアンスになるように思われた。
 現代の視点から見れば、中国やインドも十分に文明化されていた地域ではあるが、当時のイスラエル近辺の常識から考えれば、これは地中海周辺の非常に狭い世界を指している可能性が高い。
 ならば、これは以下の様な事件が話の基になっている可能性も考えられる。
 
 イエスのカリスマ性に着目した有力者が、イエス接触を試みた。
「貴君は自分の考えた新しい倫理を、言論の力のみを用いて広めようとしているそうではないか。だがこれは非効率的だ。先ずは民衆を扇動して武装集団を組織してローマを征服し、その後で権力を用いて新倫理を広めれば良いではないか。資金等は私が負担する。今は冴えないユダヤ人だが、天才的な扇動家がいれば一気に強力な軍団が成立する事は、モーゼの業績からも明らかだ。一地域の指導者が近隣の大帝国を一代で滅ぼす事も可能である事は、既にアレクサンドロス大王が証明済みだ。」
 この方針はイエスに採用されなかった。
 そして言わば「商売敵」に当たる福音記者たちから、この提案者は悪魔として描かれた。彼等は自分達の布教方針を正当化するためにも、不採用に終わった他の方針を悪魔の誘惑としておきたかったのである。
 
 私がこんな事を考えたのは、『劇場版 魔法少女まどか☆マギカ [新編] 叛逆の物語』を見たからである(参照→http://d.hatena.ne.jp/gureneko/20131220/1387538347)。
 暁美ほむらは、救済のシステムを破壊した訳ではなく、単に人格としての鹿目まどかに対して、救世主的な業務に替えて平和的な人生を与えただけである。しかしまどかの愛し方が違っていた美樹さやかからは、悪魔的存在と見做され、本人も偽悪的にその印象を受け入れている。
 ほむら派の私としては、「そんなに怒るなよ。」とさやかに言いたくなった。
 そしてふと、イエスに別の人生を提供しようとした「悪魔」の事が気になったのである。
 
 次回は、これに関連させて孔子とその誘惑者の関係についても書く予定である。

小型新約聖書 詩編つき - 新共同訳

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The Pocket Oxford Classical Greek Dictionary

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