「張成沢先生の使者だと思ったから歓待したのに、金正恩の使者であったか。お〜い、この料理を片付けろ!」

 古い記事になるが、2013.12.29 10:52に書かれた産経新聞の「「中国を敵とみなせ」…正恩氏が恐れた“正男クーデター”」(http://www.iza.ne.jp/kiji/world/news/131229/wor13122910550005-n1.html)によると、北朝鮮における張成沢氏粛清の原因の一つは、中国が張氏が来た時には歓待したのに崔竜海氏が来た時には冷遇した事にあるという。
 これを鵜呑みにすると、中国は折角の自国よりの要人を厚遇のし過ぎによって失ってしまうという失敗をしたことになる。
 だが私は『史記』の項羽本紀における范増の失脚の話を思い出してしまった。劉邦は項籍とその腹心の范増の仲を裂くため、項籍の使者が来た時に大袈裟に歓待した後で、「范増の使者ではなく項籍の使者だったのか!」と言ってから待遇のレベルを下げたのである。この事件を機に、范増は主君から疑われ、失脚するのである。
 こうした中国の故事を知っていると、張成沢氏粛清を中国の失敗だとは断言出来なくなる。
 日本で中国の脅威を叫ぶ人の中にも、中国で歓待される日本の要人を短絡的に中国の手先だと決め付ける者が多いが、そういう人を見ていると逆に日本の国防が心配になる。