日本国民が主権者としての自覚を強く持ち部下である政治家を慎重に選ぶようになるための方法を考えてみた。

 最近、「日本国民が主権者としての自分の地位を重視していないから、政治が乱れているのだ。この現状を変えなければならない。」という主張を読んだ。必ずしも全面的に同意したわけではないが、取りあえず国民が主権者という地位を重要なものだと考えるための方法を、自分なりに考えてみた。
 そこで思いついたのは、「主権者としての地位は非常に重要なものであり、それを失うというのは大変な事なのだ」と若者に教え込み、その邪魔になるような対立思想を強く批判していくという策である。
 「何を今更。そんなものは大昔からやっている!」と言われるかもしれないが、私にはそうは思えない。
 というのも、敗戦によって主権者としての地位を失った昭和天皇について、「あの人は実に大きなものを失ったのだ。」と主張する人が少ないからである。それどころか、「昭和天皇は敗北の責任をほとんどとっていない!」とか「昭和天皇は敗北の責任を全くとっていない!」と主張する左翼のなんと多い事だろうか。そして本来ならその対抗馬になるべき保守派の多くも、「そもそも昭和天皇には敗戦の責任が(ほとんど)ない!」という類系の反論ばかりを唱えているのが現状だ。
 そういう大人の影響ばかりを受けていたら、若者は「馬鹿な総理大臣を放置しても、主権者たる我々は責任を取る必要はないだろう。もし敗戦を喫して進駐軍の力で罰せられたとしても、せいぜい主権者としての地位を失うだけであり、それなりに気楽な余生が待っているだろう。」と考える大人に育つと思われる。
 「若き日の昭和天皇は主権者であり、多くの権限を持っていたのだが、無能な部下に高い地位を与えたせいで、やがて重い責任を取らされて主権を失ってしまった。諸君も政治家や官僚の監視を怠ると、その二の舞になるぞ!」とでも若者に教えれば、国民は主権者としての自分の地位を守るための不断の努力をするようになるのではあるまいか?