昔は左翼風の映画に思えた『ゲゲゲの鬼太郎 激突!!異次元妖怪の大反乱』だが、今視聴すると別の解釈も成り立った。

 『ゲゲゲの鬼太郎 激突!!異次元妖怪の大反乱』という映画がある。西暦1986年12月20日に公開されたものである。
 この映画には三つの勢力が登場する。
 第一は、「ゲゲゲの鬼太郎」とその友人たちである。妖怪・人間・半妖怪の混成であり、当然ながら人間と妖怪の共存を目指している。
 第二は、妖怪皇帝を頂点とする異次元妖怪たちである。「怪気象」を利用して東京を占領し、妖怪帝国を建てる。
 第三は、中曽根風の容貌の総理大臣を頂点とする日本国政府である。都民の犠牲をいとわず、ミサイルで怪気象を消し飛ばそうとする。
 
 自分はもっと若いころにこれを視聴した時、かなり左翼風の映画だなと思った。
 妖怪帝国は、占領した国会議事堂を本拠地としており、軍装をした妖怪皇帝が威張っている。
 この妖怪皇帝の正体は「ぬらりひょん」である。本来の設定では、他人の家にあがりこんでお茶を勝手に飲んだりするが気付かれないという妖怪である。『ゲゲゲの鬼太郎』におけるぬらりひょんの設定では、「妖怪の総大将」でもある。「労働者の作った価値を巧妙に搾取する資本家の総大将」という左翼的な天皇観を投影するのに最も相応しい妖怪である。
 ねずみ男に寝返った娘が「朧車」に粛清された総理大臣の「ぐわごぜ」が、その悲しみを皇帝に訴えると、「国の為だ。娘の一人位我慢しろ。」と言われる。
 以上により、この妖怪帝国は大日本帝国のイメージが投影されているように感じられた。
 日本国政府は、「愛国」の鉢巻をして「君が代」をBGMにして自衛隊の出動を喜ぶ防衛庁長官ですら、後半では寧ろ穏健派に見えてしまう程の好戦的な政府である。
 末端の警官までもが、「町を騒がせた罪」とかいう曖昧な理由で鬼太郎たちを逮捕しようとし、そのついでに平気で発砲をして一反木綿に風穴を空けたりするという、ろくでもない政権である。
 よって、憲法刑事訴訟法の軽視という、現代日本の保守勢力の悪い側面を戯画化しているように感じられた。
 そして鬼太郎たちはミサイルの手を借りずに妖怪帝国を滅ぼすことで、両者のやり口を否定してみせたのである。
 こう紹介すると、未見の方は過去の私と同じく完全に左翼映画だと思ってしまうだろう。
 この映画がさっぽろ雪まつりにて自衛隊真駒内駐屯地でも上映されたという話(未確認情報)を聞いた時には、驚かされたものである。
 
 だが、今の知識で視聴をすると、別の解釈も成り立った。
 まず、「妖怪」とされた者には、「虐げられたマイノリティー」が多い事を後から知った。
 その最大の例が、妖怪帝国の貴重な戦力でもあった「土蜘蛛」である。この妖怪は、日本中で大和朝廷に刃向かった土豪たちの成れの果てである。
 妖怪帝国のメンバーには、「あやかし」や「がしゃどくろ」などの強大な妖怪もいるが、大半は鬼太郎のゲタ攻撃や「ぬりかべ」の突然の登場や「ねずみ男」の肉弾戦だけで二十匹ぐらいまとめてやられてしまうような連中である。それどころか、小学生の天童夢子に背後からゴルフクラブで一発殴られただけで気絶してしまった「山童」なんてのも混じっていた。
 妖怪皇帝は、こういった弱者や少数派を集めて「東京コミューン」を作ろうとしていた革命家であるとみなすことができる。彼は「妖怪の妖怪による妖怪のための国」をスローガンにしていた。
 皇帝こそ革命家だと主張すると意外に思われるかもしれないが、そもそもヨーロッパにおける皇帝とは、閥族派と戦った平民派にその勢力の起源を持つものである。
 またぬらりひょんが服装や本拠地において手本としたであろう明治天皇とは、将軍府の末端の役人にすら土下座をすることを強要してくる江戸の軍事政権を打倒するため、「将軍より偉いのに平民でも土下座をする必要のない相手」という設定で登場した、下層民の希望の星であった。
 シリーズにおける文脈でも、西暦1985年12月21日公開の『ゲゲゲの鬼太郎 妖怪軍団』ではぬらりひょんは、鬼太郎のせいで人間と比べて弱い立場に置かれている日本の妖怪全体の地位の向上を目指していた。
 また同作中ではそうした考え方が「進歩的」と言われており、万国の妖怪の連帯も示唆されていた。
 マルクスの『共産党宣言』に準えるならば、「東京に一人の妖怪がいる。ぬらりひょんという妖怪である」といった所である。
 だからこそ、映画の題名においても異次元妖怪の「侵略」ではなく「大反乱」と表記されているのであろう。
 この題名から判る通り、観方を少し変えれば妖怪帝国こそが「左翼」であるというのは、決して単なる私の観念の遊戯ではなく、公式設定であると言える。
 
 ではこの東京コミューンを武力で叩き潰した鬼太郎とは何者かというと、『妖怪軍団』では南方妖怪を叩き潰し、1986年3月15日公開の『ゲゲゲの鬼太郎 妖怪大戦争』では西洋妖怪を叩き潰し、1986年7月12日公開の『ゲゲゲの鬼太郎 最強妖怪軍団!日本上陸!!』では中国妖怪を叩き潰した者である。
 僅か半年でABCD包囲陣を滅ぼしたようなものであり、日本国にとっては理想的な軍神という印象がある。
 この武力が、外患ではなく内憂である「大反乱」に向けられたのが、この『激突!!異次元妖怪の大反乱』だったのである。
 この映画がさっぽろ雪まつりにて自衛隊真駒内駐屯地でも上映されたという話(繰り返しになるが未確認情報)も、頷けるというものである。
 
 各勢力が象徴する立場が昔と違って見えただけではなく、登場人物個々人への評価も変わった。
 中でも一番評価が下がったのは「ぐわごぜ」である。
 当初の彼は、自分の娘を囮にするという、妖怪皇帝でも驚く様な悪辣な行為をしていた。
 所が自分の娘が、半ば自業自得で「朧車」に殺されると、突然妖怪皇帝を恨んで歯向かう。
 この場面は一見感動的であったが、良く考えれば単にエゴを剥き出しにした逆恨みの反逆である。それに本当に腹癒せをするならば、朧車にこそ復讐をすべきだろう。
 しかも、「あやかし」が討たれた時は「鬼太郎め、やりおる」で済ませ、「白溶裔」が討たれた時は「お、己」で済ませていたので、益々身勝手に思えた。

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