平穏無事な生活

 健太君が18歳になった日、天魔が祝福にやってきて、健太君の望みを一つだけ叶える手伝いをしてやると言いました。健太君は答えました。
「悪人からの干渉を受けず、日々平穏無事に暮らして一生を終えたいものさ。」
と健太君は答えました。すると天魔は手を額に当てて嘆息して言いました。
「嗚呼、何と壮大なる痴人の夢だろうか!今まで叶えてきた望みの中で一番欲深い。俺は実に不運だ。だが誓いの文言は守られねばならない。いいか、仮に隠者になった所で、最近では国家が国民の義務を強制しに来る筈だ。その点が昔と違う。平穏に暮らしたければ、一時的な労苦に耐え、まずはこの国の支配者になるしかない。その遠回りを我慢出来るか?」
「勿論さ。では、手伝ってくれるんだね。」
 その日から天魔は数々の助言を始めました。お陰で健太君は、28歳にして一国の最高指導者の座を手にしました。
「さてこれで平穏な生活が始まると思ったら大間違いだ。このままでは、強大国からの内政干渉や国内の反対派の抵抗に怯える日が続くだけだ。内に対しては不穏分子を抹殺しつつ、外に対しては強国同士を争わせる等の謀略を用いていかねばならない。」
「よし、やろう。」
 天魔の有益な助言は続き、健太君は38歳にして世界の事実上の支配者になりました。
「さて総仕上げだ。二年以内に平穏無事な生活を保障してやる。ふふふ。」
「実に楽しみだな。」
 核戦争に備えた健太君用のシェルターの建設が始まりました。百年かかっても使いきれないエネルギー、百年かかっても食べきれない食糧、百年かかっても読みきれない量の書籍、百年かかっても飽きないだけのゲームが備蓄されました。自動制御の医療施設や召使ロボットも配備されました。この事業を終えた時、健太君は40歳になっていました。
「これでようやく汝の望みが叶う。そのボタンを押してみろ。じゃあな。」
「これだな。」
 世界中に核ミサイルが発射され、人類は滅んでしまいました。
 天魔も消え去り、シェルターで、いや世界でたった一人になってしまった健太君は、こんな感想を漏らしました。
「若い頃苦労したお陰で、ようやく平穏無事な楽隠居としての生活を手に入れた。それにしてもあの優秀な軍師がいなかったら、ここまで来るのに25年ぐらいかかっていたかもしれないな。感謝感謝。」