唐沢俊一とカント

 鳩山由紀夫氏が「日本列島は日本人だけのものじゃない。」という意味の発言を行った時、ネット上では批判が溢れた。
 当時私は、「同じく朝・満・蒙とて現地人だけのものじゃない。」等と言って大日本帝国の大陸経営を正当化する言説が出てこないかと期待したのだが、残念ながらそうしたものはほとんど見当たらなかった。
 小熊英二著『<日本人>の境界』(新曜社・1998)には、日本に編入された地域の人々が権力者の言質を逆手にとる形で権利の獲得を目指したという事例が多数紹介されている。日系日本人達もそろそろこの手法を学んでおいた方が良いのではないかと思われる。
 さて、私が当時読んだネット上の鳩山由紀夫批判の中で最も劣悪だったのは、意外にも一応はプロのライターとしても活躍していた唐沢俊一氏が執筆した、西暦2009年4月19日の日記(http://www.tobunken.com/diary/diary20090419152755.html)であった。
 現在この中には「古くはカント、近くはアインシュタインも主張したというコスモポリタニズムは、」という部分がある。これは二重におかしい。
 まず第一に、これは「唐沢俊一検証blog」の2009年4月21日の記事(http://d.hatena.ne.jp/kensyouhan/20090421)のコメント欄でも触れた事だが、コスモポリタニズムは古代から存在していたので、コスモポリタンの例としてはカントは全然古くないのである。唐沢氏自身が当該日記中に引用した『新しいコスモポリタン』の中にも、「世界史上における代表的なコスモポリタン、古代的世界の末期に現はれたストアの哲學者達が」という記述がある。本当に『新しいコスモポリタン』を読んだのなら、コスモポリタニズムが古代から存在したという知識は身に付いている筈である。してみると唐沢氏は、カントが古代人だとでも思っているのだろうか?
 第二に、カントの使い方が極度に下手である。カントは、『永遠平和のために』の第二章の第三確定条項の解説では、平和的な外国人でも特別な契約無しに要求出来るのは客人の権利ではなく訪問の権利までだとしており、平和的でないと判断した民族の来航や入国を制限した中国・日本の鎖国制度を賞賛している。カントの名を持ち出して鳩山由紀夫氏を批判したいのであれば、世界市民主義者として知られるカントですら鎖国を絶賛しているのに鳩山由紀夫ときたら・・・。」等と言う方が余程効果的である。
 唐沢氏にはカントに関して次の様な一件もある。
 私はgurenekoの日記の2009年11月17日の記事(http://d.hatena.ne.jp/gureneko/20091117/1258396815)で唐沢氏の『列子』理解の浅さを批判した。少し加筆したので、既読の方も再読して頂けると嬉しい。以下はその話題の続報的性格の話題である。
 「藤岡真blog」の2009年11月16日の記事(http://d.hatena.ne.jp/sfx76077/20091116/)で藤岡真氏が引用している唐沢氏の文章には、「(岩波文庫・小林勝人訳)」という部分が登場する。まるで岩波文庫の『列子』から直接書き写したかの様な体裁である。
 しかし岩波文庫の『列子』で湯問篇が収録された下巻には、343ページから「老子とカント――老・荘・列子の道とカント――」という論文が収録されているのである。この論文の内容は、道家の「道」という発想とカントの「物自体」という発想が酷似しているというものである。
 仮にこの論文を読み飛ばしていたとしても、実際に岩波文庫の『列子』の下巻を手にしていたならば、目次を通じて論文の題名には触れていた筈だ。
 カントに関する最低限度の知識さえ有れば、この論文の内容または題名から受けた印象を通じ、「朝と昼とで、太陽が近くに在るのはどちらの方か?」についての二人の子供の争いと『純粋理性批判』における純粋理性の二律背反とを比較対照出来たであろう。
 「どう考えても、孔子をバカに描くためだけに採録したとしか思えない。教訓もなければ哲学的でもないが、」と平気で書いたのは、実は唐沢氏が岩波文庫の『列子』の下巻を読んでいない事に起因しているのかもしれない。そう仮定すると、『列子』で孔子が原則として好意的に描かれている事を知らずに「孔子の一派のことなど、だいぶ悪く描かれていておもしろい。例えば『湯問』第五には、」と書いてしまった事も納得出来る。
 念を押しておくが、唐沢氏が岩波文庫の『列子』の下巻を直接読んでいないというのは、あくまで単なる推測である。「先生は実際に岩波文庫の『列子』の下巻を手にしていたんだけど、目次も見ずに適当に開いたページが偶然ネタになりそうだったためにそこしか読まず、それでも全体を読んだ振りをしたかっただけさ!」だの「当時の先生はカントって何の事だかさっぱり知らなかっただけさ。別に剽窃がばれるのが怖くて小林勝人氏の訳を引用した別の著作物からの孫引きである事を隠したかった訳じゃないと思うよ。」だのといった善意の解釈も可能である事は率直に認めたい。

永遠平和のために (岩波文庫)

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キッチュワールド案内(ガイド)

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列子 (下) (岩波文庫)

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純粋理性批判中 (平凡社ライブラリー)

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