地獄先生から学んだ枢密院民営化論

A「なんだい、遅かったじゃないか。」
B「途中で渋滞に巻き込まれてね。どうやら原因はデモと街宣車らしい。左翼も右翼も同時に消えて欲しいわ。」
A「おいおい、君の方が連中より余程過激なんじゃないのかい?連中は連中で役に立っているさ。」
B「互いの牽制にね。だから同時に消えて欲しいのさ。そうすれば少なくとも政治は今よりは悪くはなるまい。渋滞が無くなればそれだけ景気が回復して税収も上がるだろう。そして手の空いた公安を全部スパイ摘発に投入すれば、スパイ防止法という対価を払わずに物量の力で敵の諜報網を無力化出来よう。これこそスパイ防止法賛成だの反対だのと延々と争っている二大勢力の目標を同時に達成する解決策だ。」
A「仮にそれで税収が上がっても、様々な法案の問題を手弁当で発見して発表してくれる人達がいなくなったら、危険な法律の脅威に晒されるのを我慢するか、あるいは結局は多額の予算を割いて衆参両院事務局の職員や議員の公設秘書の頭数を大幅に増やすかの、二者択一を迫られるんじゃないかね?」
B「そうかなぁ?今までの人生で散々「X法が成立したら世の中はこんな有様になる!」みたいな事を聞かされてきたけど、実際にその法が成立した時にそんな事態になった例は無かったがなぁ。」
A「僕も昔はそう考えていたさ。気が変わったのは『地獄先生ぬ〜べ〜』という漫画を読んだせいだ。明石谷一馬という予言者が出てくる。彼の予言は、防災の役に立つが故にこそ、周囲には外れたかの様に見え、彼は嘘吐きとして迫害される。「X法が成立しても世の中はそんな有様になりません!」という官僚の言質を得る事にこそ意義があるのだ。」
B「この仮定は先程の発言と矛盾するかもしれないが、仮にいざX法のせいで刑事裁判になったら、裁くのはその言質に拘束されない裁判官だぜ?」
A「警察・検察は行政に属しているだろう。それにもしも国会等の公的な場で「なりません!」と言っていたのに「なった」場合は、改正運動も容易に盛り上げる事が出来る。」
B「しかしどちらかと言えば有益な法案が、小さな問題点のせいで潰されて、泣いている人もいるぜ。」
A「そんなに有益な法案なら、二〜三年我慢している内により練磨された形で通過する場合も多い。最近の僕は、どちらかと言えば実は賛成である法案でも、念のためしばらくは反対派を応援していたりするんだ。」
B「ふむう。してみると敗戦を契機にして枢密院を廃止して言論や集会の自由を大幅に認めたのは、多少不正確かもしれないが「枢密院の民営化」とも言えるね。」
A「うむ。だから僕は合法的な運動家を嫌わない。勿論過度に尊敬もしない。過去の日本人が枢密院議員の俸給のための税金も納めていた様に、先程君の愚痴にも出てきた通り、我々は渋滞・騒音・景気の悪化・税収の低下といった対価をしっかり払っているのだからね。」
B「よし、君の主張にも一理有る事は認めよう。「消えれば良い。」とはもう言わない。しかしこれだけではまだ「彼等が消えても良いなぁ。」という程度が正直な所だ。どう好意的に見ても無駄としか思えないデモ・街宣活動も有るからな。彼等の存在意義が有るなら教えてくれ。」
A「今「彼等」と言ったね。でも国民は皆潜在的な運動家なんだぜ。僕も君も、ある年から北朝鮮による拉致や米兵の犯罪が百倍に増えたとしたら、それまで地道に反朝または反米の運動をしていた団体に入るだろう?」
B「それはさっきの『地獄先生ぬ〜べ〜』の予言が外れる天才予言者とは逆に、予言が偶然当たった無能予言者の例だね。僕なら多少苦労してでも零から新団体を作る。」
A「だがその団体の活動の仕方は既存の団体を参考にするだろう。やはり少なからず既存の団体の恩恵を受けた事にはなる。例えば・・・この蒲島郁夫の『政治参加』(東京大学出版会・1988)という著作を御見せしよう。この本は、直前の選挙ではほぼ全員が自民党に投票したであろう商工業者達が売上税反対のデモを行った話の紹介から始まっている。引用されている朝日新聞の記事には「慣れない鉢巻姿」という言葉もある。だがもしも、普段から大した問題が無くても恒常的にデモを行っている連中がいなかったならどうなっていたかね?」
B「確かに真似は出来なかったろうね。萎縮してデモなんかしなかったか、あるいは逆にどこまで暴れると違法なのかの境界が判らないまま、全員が暴徒として拘束されていたかもしれん。」
A「御名答。少なくとも自分にとっては無関係の問題を扱っている運動も、運動のやり方を無料で教えてくれていると思えば良いのさ。」
B「政治運動家が原則として素晴らしいのは良く判ったよ。降参だ。だがそうなってくると、僕の性格上、一流の運動家の印象を悪くする三流運動家が今までより一層憎く思えるね。」
A「君の言う三流とはどんな連中だい?」
B「まず触法行為を行う連中だ。」
A「あんまり酷いのは僕も擁護しないけど、スレスレ程度の人達は、起訴される事でさっき君が言ってくれた「どこまで暴れると違法なのかの境界」についての判例を積み上げてくれているとも言える。一概に全否定は出来ないだろう。」
B「あと、余りに頓珍漢な主張をして運動が白眼視される切っ掛けを作る連中だ。」
A「さっきと別人の様だね。まるで純粋な運動家みたいだ。世の中には君の言う「頓珍漢な主張」を腹に溜めてしまっている連中が数多くいる。彼等はインテリに頼って今より少しだけ自分達に有利な世界を実現したいのではなく、現実が少し悪化したとしても誰か声の大きな人に吼えて欲しがっているのだ。その意味では「三流運動家」も治安には貢献していると言える。」

政治参加 (現代政治学叢書 6)

政治参加 (現代政治学叢書 6)