「あんな場所で性犯罪の被害に遭った女性も悪い」と主張する人の中の「善意派」を庇ってみた。道徳と能力の混同について。

 男性による女性を対象とした性犯罪について、どんな場合でも「女性の方も悪かった」と主張する者がいる。こういった連中は単なる男尊女卑主義者なので、説得等はほぼ不可能である。倒したければ、中立派をどんどん味方につけて多数決で圧倒するのが早道である。
 しかし明らかに治安の悪い場所と時間帯における性犯罪の場合だけ、「女性の方も悪かった」と主張する者もいる。そして彼等の中には、普段は温厚な人柄の持ち主も多い。この人達の主張を全否定してレッテルを貼った上で敵の側に追い遣ってしまうのは少々勿体無い気がしたので、彼等の主張を一応検討してみた。
 そして気付いたのだが、彼等は「悪い」という言葉の意味を広く使っていたのである。つまり「犯罪者は(道徳的・法的に)悪い! 被害者は(調査不足で頭が)悪い!」という主張だったのである。「悪さ」の質の違いは潜在的に存在していたものの、語彙の不足からそれを一言で「悪い」とまとめてしまっていたのである。
 こうした語彙不足の善意派と単なる男尊女卑論者を見分けるには、別の犯罪における粗忽な被害者の評価についても聞いてみればいい。具体的には「鍵をかけ忘れて一週間海外旅行に行っている間に空き巣に入られた方も(能力的に)悪いと思いますか?」とか「時価数億円の文化財を簡単に盗める状態のまま放置していて、韓国の窃盗団にそれを盗まれた寺も(能力的に)悪いと思いますか?」(http://d.hatena.ne.jp/gureneko/20130315/1363283234)とか「スターリンの侵略を受けたポーランドや日本も(能力的に)悪いと思いますか?」(http://d.hatena.ne.jp/gureneko/20091210/1260447952http://d.hatena.ne.jp/gureneko/20100728/1280315933)とか聞けばいいのである。