ほとんど知られていない、「アインシュタインの予言」研究の後日談

 「日本が世界の盟主になる」という予言をアインシュタインがした、という有名な風説がある。
 そして西暦2006年6月、この風説についての中澤英雄氏の研究が、朝日新聞で紹介された。信用に足る出典が無い事と、1928年に出版された『日本とは如何なる国ぞ』にローレンツ・フォン・シュタインの発言として類似の予言が語られている事から、これがいつの間にか誤解されたのではないか、という仮説を、当時中澤氏は立てていた。
 ここまでは多くの人が知っている情報であり、知らなくてもちょっと検索すれば簡単に到達し得る情報である。日本語版ウィキペディアの「アインシュタインの予言」という記事(http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%82%B7%E3%83%A5%E3%82%BF%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%81%AE%E4%BA%88%E8%A8%80)にも、ここまでは載っている(最終閲覧は西暦2011年5月18日21時51分)。
 だが実は、これには後日談がある。
 東京大学教養学部http://www.c.u-tokyo.ac.jp/)は、『教養学部報』という媒体を発行している。国立国会図書館では、これは一応「新聞」の扱いになっているようだ(参照→http://sinbun.ndl.go.jp/cgi-bin/outeturan/E_N_id_hyo.cgi?ID=001441)。
 さて、私が所持している2006年11月1日付の教養学部報第497号では、中澤氏自身が、新たに判明した事実を基に、半年前に発表された仮説の修正をしている。

 インデックス(http://www.c.u-tokyo.ac.jp/gakunai/gakubuhou/497/index.html)では、目次以外は学外からは読めない仕掛けになっているので、私がここでちょっと内容を紹介したいと思う。
 記事によると、中澤氏の調査が朝日新聞で紹介されたところ、フィルム・幻灯研究家の松本夏樹氏から、1930年代初めに『アインシュタインの豫言』と題された無声映画が制作されていたという情報が寄せられたらしい。そして実際にその映画を見たところ、例の「予言」が一種のSF映画に仕立て上げられていたとの事である。
 この新知見により中澤氏は、「田中智学の本が出版されて間もないころに、何者かが意図的に「シュタイン」に「アイン」を付加し、アインシュタインの名前を国体意識発揚のために利用したのである。」と、仮説を修正しているのである。
 この情報は前掲ウィキペディア記事には載っていない。「アインシュタインの豫言」で検索しても、情報はほとんど出てこない。そして、ネット上でアインシュタインの予言の風説を、これは捏造であるという立場から批判している人々は、私が見た限りでは誰もこの「新中澤説」を活用していなかった。
 なお余談だが、前掲ウィキペディア記事では、中澤氏の旧説の紹介は「2006年(平成18年)6月7日付の朝日新聞」となっているが、教養学部報の中澤氏の文章では「朝日新聞六月六日夕刊」になっている。どちらかが単なる勘違いをしているのか、それとも地域等によって差があったのかは、不明である。
 他人の研究を紹介するだけでは芸が無いので、最後に本件についての感想を書いてみる。
 今回改めて感じさせられた事は、全国紙のアカデミズムへの貢献の大きさである。
 前掲ウィキペディア記事によれば、中澤氏は2005年には既にアインシュタインの予言の研究成果を発表していたらしい。しかし翌年に朝日新聞が紹介したからこそ、ようやく松本氏に旧仮説が伝わり、研究が一歩前進したのである。
 そしてまた、ネット上で新中澤説を活用する者の不在から、教養学部報の影響力の低さが窺い知れた。かく言う私も、一面の前半が尊敬する信原幸弘氏の文章だったからこそ、偶然この号を保存していただけである。
 アカデミズムとは違う価値基準で読者数を追求する大商業紙が、長い目で見ると実はアカデミズムに貢献しているという、「脳科学と科学技術コミュニケーション」シンポジウムで学んできた考え方(参照→http://d.hatena.ne.jp/gureneko/20110307/1299468089)が、本件を通じて私の中で一層強まった。