カルトよ、これが子路だ!

 孔子の弟子に仲由という人物がいる。字の「子路」の方が有名なので、本稿でも以下そう表記する。
 中島敦の「弟子」の特に序盤では、子路は剛毅木訥な用心棒タイプの弟子として描かれている。『論語』を読まずに「弟子」だけを読んで知ったかぶりをしている一部の日本人は、子路に対してこの種の印象のみを持っていると思われる。
 しかし孔門四科十哲の内「政事」科に分類されただけの事はあって(『論語』先進篇)、子路の弁舌は寧ろ巧みであった。『論語』先進篇では、弟弟子の高柴(字は子羔)の教育方針について孔子と議論して一歩も引かず、孔子から「佞者」と捨て台詞を吐かれている。これは『論語』陽貨篇で「言語」科の宰予(字は子我)が喪の期間について孔子と議論して一歩も引かず、孔子から「不仁」と捨て台詞を吐かれた件に酷似している。
 この様に、子路は自分の納得のいかない件については遠慮無く孔子に議論や質問や諫言を仕掛けていったのである。
 そして孔子苛斂誅求を行った冉求(字は子有)については除名処分を行ったが(『論語』先進篇)、子路の様な教団内の反抗者は除名しなかった。
 子路に自由に直言をさせていた事が、孔子を救った事もあった。勝つ見込みの無い謀反人が孔子を招く度に、子路は諫言したのである(『論語』陽貨篇)。
 本物の政治家でもあった子路の現実感覚・利害感覚による補正が無ければ、誕生したばかりの孔子教団は単なる反乱好きカルトとして終わっていたかもしれない。
 さて、孔子に対してこそ遠慮が無かった子路だが、教団外部からの孔子批判者には落ち着いた対応をしていた。『論語』憲問篇では門番が、『論語』微子篇では長沮・桀溺・老人が、子路に対して孔子や教団を馬鹿にした発言を行っても、子路には暴れた形跡が無い。特に老人からはその沈着冷静さを愛でられたのか、後に食事まで振る舞われている。
 また『論語』子張篇で端木賜(字は子貢)が孔子の批判者に対して孔子を太陽や月に比すという非常識な称賛を説いていたのに対し、『論語』述而篇で子路孔子の良い評判を広めようとしなかった事を孔子咎められている。
 以上の抑制された外部への対応といい、『論語』雍也篇で孔子が醜聞塗れの南子と面会した事について露骨に不快感を示した件といい、子路は教団の評判に余程気を配っていたと思われる。
 子路の様な構成員を許容出来れば、その集団はカルト化を防げるであろう。中華皇帝が敢えて自らを批判する諫議大夫を置き、中世ヨーロッパの君主が宮廷道化師を置いたのも、自分がカルト化するのを怖れたからであると思われる。
 
 最近私は、幸福実現党岐阜県本部幹事長兼岐阜5区支部長の加納有輝彦氏のブログの西暦2013年3月3日の記事のコメント欄(http://ameblo.jp/papadad/entry-11482368236.html#cbox)で、子路が誤解されているのを見掛けた。
 ここでは第2コメントで「UMA」氏が、第6コメントで「すいふと」氏が、それぞれ大川隆法氏を批判し、第8・9コメントで「英」氏が「ゴキブリアンチのUMA」だの「ごきぶりすいふとさん」だのと小汚い言葉を使って反論の真似事を行っている。
 そして第17コメントでブログ主の幸福実現党岐阜県本部幹事長兼岐阜5区支部長の加納有輝彦氏と同一人物と思われる「幸福実現党 岐阜5区 加納有輝彦」氏が「ちょっと言葉が乱暴のような気もいたしますが、まあ、孔子の弟子の子路のような例もございますから、あなたの正義心は、子路のものと思えば(^_^.)、素晴らしい。」と英氏を子路に擬えて褒めているのである。
 だが本稿の前半を読んでくれた諸氏にはこの発言の過誤は十分見抜けると思われる。子路ならば教祖の批判者に対してこんな無礼な発言をして教団の評判を落としたりはしないだろう。
 この幸福実現党 岐阜5区 加納有輝彦氏は第29コメントで「私は、霊言集以外で、人文系の教養書を少なくとも1000冊は、精読しています。」と書いている。人文系の千冊の教養書を精読した(と称する)人物ですら、子路を利害を弁えない不器用な乱暴者だと誤解しているのかと思うと、『論語』の愛読者としては悲しい気分になる。
 ひょっとしたらどこぞのカルト宗教が、信徒の中から本物の子路の如き人物が出てくるのを怖れて、「子路はグルが批判されると下卑た言葉を使って批判者を攻撃した、鉄砲玉の様な人物だったんですよー。皆さんも子路を見習いましょうねー!」と触れ回っているのかもしれない。
 もしもそうであるならば大変なので、この場を借りて子路の実像を紹介した次第である。
 
 諸々の修行者・信仰者達に、私はこれだけは伝えておきたい。
 教祖の諸発言をただ鵜呑みにするのではなく、子路の様に自分でものを考える人物になりなさい。そして子路の様に世俗における教団の評判を常に気にしなさい。世俗の事象については、貴方方こそが教祖の師なのです。そして子路の様に教祖に諫言しなさい。

中島敦 (ちくま日本文学 12)

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論語 (岩波文庫 青202-1)

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