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ただし、『すばらしい新世界』と『1984年』は10回以上通読したのに対し、何故か『華氏451度』の方は一度読んだだけで終わっていた。言語化は出来なかったものの、超一流の作品とまでは言えないような何らかの理由を漠然と感じ取っていたのである。
そして最近映画版を視聴して、ようやくこの謎が解けた。やはり設定は当初から破綻していたのである。
真っ先に気付いた疑問は、「実用書無くして、この高度な映像主体の文明をどうやって維持しているのか?」というものである。
おそらく「家やテレビの作り方も映像媒体に記録されている」ぐらいしかまともな回答は不可能だろうが、もしもそうであればその映像は電子化された書籍とほとんど変わりがない。
映画版では、消防署にも紙媒体の資料が存在する場面を隠しきれていなかった。
その資料が「本」ではないのは、一枚ずつバラバラになっていて綴じられていないからなのであろうが、そもそもかつての量産本はしばしばそういう形式で売られており、購入した個人が自分や製本屋の労力で製本したものである。
こうして映画版のおかげで、少なくとも一定レベル以上の労働者には「これは本ではありませんよ」という抜け道を許さなければ、本を発見して焼くシステムすら維持出来ないと気付いたのである。
今回の視聴で判明した事は、『華氏451度』の文学としての価値の限界であったが、これを通じて映像の影響力の限界にも気付かされた。
テレビが家庭に入ってきたばかりの頃には、その影響力の強さを警戒する文章が各国で大量に書かれた。「文字やラジオと違って映像は強烈な洗脳装置になり得る」というものであった。今でもそうした世界観を持ったままの老人は数多くいる。
しかし映像は製作者の伝えようとしなかったものまで、赤裸々に伝えてしまうものである。それを防ごうとすれば、文字媒体への検閲と比較して莫大な手間がかかる。これは洗脳装置としては大きな弱点だ。
だから、権威者から「これは傑作だ!」と紹介されて小説『華氏451度』を渡されたら概ね騙されてしまう私のような人物でも、映画『華氏451』ならば直ぐにその設定の穴に気付いて「これはケッサクだ!」と嗤う事が可能となるのである。
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