高麗郡建郡1300年記念式典に行ってきました。

 今から千三百年前、高句麗の遺民達約千八百名に武蔵の国の一部が与えられ、高麗郡という郡が出来上がりました。現代風に例えるならば、自由高句麗仮政府です。
 朝廷の内部で活躍した百済王家と違って、地方領主となった高麗王家は中央の歴史書にほとんど足跡を遺せませんでした。しかしながら高麗王家が今でも続いて高麗神社の宮司をしているのに対し、百済王家が最終的にどこでどうなったかは不明です。
 その高麗郡で建郡1300年記念式典があると聞いたので、見にいきました。


 高麗川駅から無料の送迎バスが出ていたので、利用しました。

 会場の外では旧高麗郡関連の自治体のゆるキャラが大集合していました。


 そして式典の会場は予想以上の大きさでした。
 これを見るまでは、高麗郡というのは現在の行政区画と一対一対応をしていないので、商工会中心の私的な行事なのだろうと勝手に予測していました。
 しかしながら実際には、来賓として埼玉県知事や関連する市町村の長が綺羅星の如く並んでいました。
 国政関連では、内閣官房副長官(政務)を筆頭に、国会議員が複数名来ていました。
 そして韓国からは、なんと京畿道知事が来ていました。これは凄い!
 幸か不幸か、中国からの来賓はいなかったので、東北工程関連の代理戦争の様な事件は起きませんでした。
 式典の後は、外の出店で名物の高麗鍋を食べました。

 その後、高麗神社にも行きました。以前も行った事があるのですが、最近本殿が新しく建て直されたらしいので、一度見ておきたかったのです。


 今回も極めて政治的な意味で活躍した高麗神社ですが、かつても日韓併合の正当化や日韓国交回復後の交流など、その時代ごとに深い活躍をしたようで、皇族や政治家の記念植樹の後があちこちにありました。



 帰宅した直後、疲れて寝てしまいました。だからこの日記の執筆・発表も翌朝にずれ込みました。